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2014年8月28日木曜日

『時代は変る』のだが、、、

ボブ・ディラン(Bob Dylan)のブートレッグ系を聴きなが、待てよと、十代から『グレイテスト・ヒッツ』とか『傑作』(1978年)などのコンピレーション・アルバムやライブ音盤が中心の鑑賞だったのが、手元にスタジオ録音のオリジナル・アルバムはほとんどなかったと反省。先だって「ノー・ディレクション・ホーム」(マーティン・スコセッシ監督、2005)を観直して、気になっていた「ウィズ・ゴッド・オン・アワ・サイド(神が味方)」「オンリー・ア・ポーン・イン・ゼア・ゲーム(しがない歩兵)」が収載されていることもあり、『時代は変る』(1964年)を調達して聴き入ってしまった。
経時的には間もなく、トピカル・ソングから離れること公言するに至るディランであるが、両曲には自らの思考とは切り離せない詩作の才と立ち位置が見てとれる。50年を経てグローバルから伝わる紛争・事件を前にして、色褪せていないと思った所以。後のパフォーマンス、録音はあっただろうか。ただ、「神が味方」のメロディーは、アイルトランド人のソングライター・作家、ドミニク・ビーハン(Dominic Behan)作の「ザ・パトリオット・ゲーム」の旋律で、その旋律自体、大ブリテン島にルーツがあるという。この辺りのクレジット問題、もっと掘り起こされてよいようにも感じるが。
アルバム表題と同じ「ザ・タイムズ・ゼイ・アー・アチェンジン(時代は変る)」が封切りで、4曲目の「ワン・トゥー・メニ・モーニングス(いつもの朝に)」は基本的に同じ旋律で歌われる。内容と表現スタイルは陰陽をなしているものの。このアルバムはギターとハーモニカの自演、10曲の構成にして思い切りある試みだ。
「時代は変る」ディランが大ブリテン島ルーツに言及していた記憶があってような、さて、「しがない歩兵」の方はどうなのか、ライナー・ノーツなど明確な記述は見当たらなかったなぁ。
音楽曲としては10トラックで構成されたアルバムではあるが、一人称を基本として率直に自分を語り、個人的心象あるいは固有名詞を含む象徴的なイメージもちりばめられた、饒舌で冗長な11番目の詞「アウトラインド・エピタフス(あらましな墓碑銘)」が付帯していたことを、今回、アルバムを手にして初めて知った。これ向き合ってみると、色が付いた副次的な情報よりストレートにディランが理解できてくるような気にはなる。古いサウンド・言葉をつむいでルールにとらわれずに新しい歌を作っているのだとか。

◆参考◆
ドミニク・ビーハンに敬意を!YouTubeから引用、紹介です。神が味方へと連なる系統、ディランは1963年初頭の渡英で得たインスパイアか、あるいはグリニッジ・ヴィレッジにてクランシー・ボーイズ(The Clancy Brothers)経由か。


◆追記◆
29日には、ブートレッグ・シリーズ第11弾の発売決定のお知らせメールが届く。例の1966年に遭遇したバイク事故後の隠遁期、ビッグ・ピンクでのザ・バンド(The Band)とのセッションで『地下室(ザ・ベースメント・テープス)』(1975年)に収載されていない“公式”音源集ということで興味津々であるが、CD6枚+のデラックス・エディションに手が届くか。国内盤は11月中旬の発売予定だそう、よーく考えてみるか。

◆過去のメモ◆
ディランの♪フェアウェル(2014/06/01)
※楽曲「時代は変る」のルーツ関係で、
ボブ・ディランのコンスタント・ソロウ(2014/02/28)
ヒー・ワズ・ア・フレンド・オブ・マイン(2014/07/23)

2014年8月7日木曜日

フォルサムからクレセント・シティにもどる

思い立って、ジョニー・キャッシュ(Johnny Cash)の評伝本『Johnny Cash : The Biography』(著作・Michael Streissguth氏)を読み始める。そうか、ジョニー・キャッシュがレコード会社との契約に向けてポイントとなった楽曲「フォルサム・プリズン・ブルースって、ポピュラーなジャズ系アレンジを手がけていたゴードン・ジェンキンス(Gordon Jenkins)作の「クレセント・シティ・ブルース」が元歌だったのか。ゴードン・ジェンキンスの主要なオーケストレーションの仕事は1950年代が中心で、ナット・キング・コール(Nat King Cole)、フランク・シナトラ(Frank Sinatra)など王道ですなぁ。
別にもう少々調べてみると、ゴードン・ジェンキンスが1953年にレコード化したこの楽曲のさらなるルーツは、ブギウギ・ピアノマンのリトル・ブラザー・モンモゴメリー(Little Brother Montgomery)が1930年代に奏でた「クレセント・シティ・ブルース」の旋律にさかのぼることができるという。そこそこのジャズ・スタンダード愛好者でいたつもりであるが、「クレセント・シティ・ブルース」、スタンダードというほどには認知されていないよなぁーとか考えつつ。フォルサムもクレセント・シティもカリフォルニア州にあると思ったが、クレセント・シティはおそらくニューオーリンズの別称なのだろう。この楽曲の変遷も面白すぎ。
評伝本にもどって、列車、監獄、殺人、アウトロー、ブルーな心情など米国バラッドに特徴的に好まれる素材で編まれた「フォルサム・プリズン・ブルース」の歌詞には、ジミー・ロジャース(Jimmie Rodgers)の「ブルー・ヨーデルNo. 1 (T・フォー・テキサス)」を下敷きした部分もあるとも。
ジョニー・キャッシュ、実際にフォルサム刑務所等でのライブを行い、それらの音盤化でキャリアの中興を築くわけだから(カントリー・レジェンド、2013/06/24フォルサム・プリズンのレジェンドといえば、2013/06/26)、この曲のなおさら意義深さに想い入ってしまう。

◆参考◆
「クレセント・シティ・ブルース」、YouTubeから引用、紹介です。


◆余談◆
「クレセント・シティ・ブルース」と同じように意外とスタンダードではない楽曲で思い出したのは、「マレフィセント」(ロバート・ストロンバーグ監督)でエンディング・テーマで採用されていた「ワンス・アポン・ア・ドリーム」。もちろん、アニメーション版「眠れる森の美女」(1959)の主題歌のカバーであるが、例えば、「白雪姫」(1937)の「いつか王子様が」ほどには受け入れられていないよね。「ワンス・アポン・ア・ドリーム」のムーディなオールド・ファッション、私は好きです。作詞・作曲者はそれぞれクレジットされているわけだが、アニメ版はチャイコフスキーのバレエ音楽をベースにしており、この楽曲のその一編をなすワルツ(いわゆる、ガーランド・ワルツ)がモチーフ。「マレフィセント」、特にコメントはないけど、「眠れる森の美女」は見直したくはなる。

2014年8月2日土曜日

♪スペイン革のブーツ、ってバリアントも

♪ヒー・ワズ・ア・フレンド・オブ・マイン(2014/07/23)のタイトル曲、「パス・オブ・ヴィクトリー」の流れできて再会、ボブ・ディラン(Bob Dylan)のブートレッグ・シリーズ第9集は『ザ・ウィットマーク・デモ』(2010年)には、「ガール・フロム・ザ・ノース・カントリー(北国の少女)」「ブーツ・オブ・スパニッシュ・レザー(スペイン革のブーツ)」が続きで収録されており、血縁性がむべに把握できる(ディランの♪フェアウェル、2014/06/01)。
「スペイン革のブーツ」の詩作は、ディランがニューヨークで出会ったミューズであるスージー・ロトロの渡欧というパーソナルなイベントとトラディショナル・フォークの「ブラック・ジャック・デヴィッド(またはデヴィー)」のヒントが化学反応したものであったか。これが本邦においては松本隆氏によって「木綿のハンカチーフ」に編み直されるとは面白すぎ。ディランにバリアント創作のきっかけを与えたマーティン・カーシー(Martin Carthy)版の「スカボロー・フェア」、そろそろ聴いてみるか。

◆参考◆
YouTubeから引用、紹介です。

◆追記◆
11月だったかなBS‐TBSの番組「SONG TO SOUL One piece of  the eternity―永遠の一曲」で取り上げられたサイモン&ガーファンクル(Simon & Garfunkel)の「スカボロー・フェア/詠唱」の回(たぶん再放送)を拝見。マーティン・カーシーもコメントを述べ、「スカボロー・フェア」の演奏も披露していた。マーティンの功績は、伝統のバラッド「エルフィンナイト」のバリアントの一つにギターによる伴奏を付けた旨の解説で、イワン・マッコール(Ewan MacColl)だったか無伴奏のレコードも流されていた。なるほどね。等々、英国でのバラッド研究者らの話は、あまりにも興味深い内容で一言一句、検討してみたくなる。マーティンによると、「北国の少女」ディランによる「アレンジ」の範疇として語っていたようだが、メロディーの由来については語っていなかったと受け止めたが、いかがなものか。(2014/12/02)

2014年7月23日水曜日

♪ヒー・ワズ・ア・フレンド・オブ・マイン

いまさらながら、これほどにはと、ボブ・ディラン(Bob Dylan)にのめり込んでしまい、ブートレッグ・シリーズの一部へと食指を伸ばしてしまい聴き始めるはめに。CD3枚組みの1枚め第1集(1991年)は、初期のアルバム・アウトテイクや出版登録用のデモが主で、ピアノ弾き語りがあったりのシンプルなサウンドと楽曲群は今現在の私の嗜好にフィットするもので大満足。「ブロークバック・マウンテン」(アン・リー監督、2005)で書き留めた「ヒー・ワズ・ア・フレンド・オブ・マイン」のディラン・バージョンを通して聴けたわけだし(〈ブロークバック・マウンテン〉を聴いてみる、2013/10/06)。ディラン自身はこの曲の元歌はブラインド・アーベラ・グレイ(Blind Arvrella Gray)というシカゴのストリート・ミュージシャンに教わったと言ってるそうだが。確かに、レッドベリー(Leadbelly)の「ショーティ・ジョージ」からは飛躍がある意義深きバージョン、パフォーマンスだと思う。
由緒ある、これぞトラッド「ハウス・カーペンター」があり、メロディ・ラインが「風に吹かれて」に援用された、オデッタ(Odetta)のスピリチュアル歌唱にならったであろう、「ノー・モア・オークション・ブロック」もしみじみ聴けた。ピアノ+ハーモニカを自ら奏でる「パス・オブ・ヴィクトリー」は、どこかハンク・ウィリアムス(Hank Williams)の「アイ・ソー・ザ・ライト」を思い起こさせる印象が強い。さて、ルーツ?は、、、
と、、、「パス・オブ・ヴィクトリー」、このタイトルに限ってはCD付帯のブックレットには示唆が乏しく、しばし思い出して、DVD「ダウン・ザ・トラックス:ザ・ミュージック・ザット・インフルエンスド・ボブ・ディラン」(スティーヴ・ガモンド監督、2008・英)によると、元歌はカーター・ファミリー「ウェイウォーン・トラベラー」だと指摘、さらなる発展形が「時代は変る」だとの説にも言及していた。

◆追記◆
ブートレッグ・シリーズ第9集は『ザ・ウィットマーク・デモ』(2010年)という、デモ・パフォーマンスの集成でCD2枚セット。かなりの楽曲が第1集と共通していて聴き比べるのが楽しい。「パス・オブ・ヴィクトリー」、こちらはギター&ハーモニカ伴奏だぞ。押し並べて音質がこもっているのが惜しいかな。
第9集のブックレットは音楽著作権ビジネスの実際、例示として幾ばくかの疑問には答えてくれた。惜しむらくは、私の関心度合いの高い楽曲の発生とバージョンの妙へのフォーカスが不足であったこと。(2014/07/27)

◆参考◆
たまたまの配信にあり、「ヒー・ワズ・ア・フレンド・オブ・マイン」、YouTubeからデイヴ・ヴァン・ロンク(Dave Van Ronk)歌唱の引用、紹介です。

2014年6月1日日曜日

ディランの♪フェアウェル

アニタ・カーター(Anita Carter)のCDアルバム『RING OF FIRE』収載の「フェアウェル」(1964年録音)という楽曲はボブ・ディラン(Bob Dylan)クレジットになっていて、ディランの当時の公式盤には収録されていなく、いわゆる海賊盤の音源があり、近年の”公式”のブートレッグ盤シリーズにも収録されたという経緯であるらしいが、やっと、『THE SPIRIT OF RADIO』のCDシリーズ、『STUDS TERKEL'S WAX MUSEUM』ディラン本人のパフォーマンス(1963年)を聴くことができた。ラブ・ソングの範疇なんだろうが、ディラン・パフォーマンスはアニタとは別物、ワクワク感を醸すというかストロークがフォーク・リバイバルの鼓動を、歌声はチャレンジャーを体現している。
ライナー・ノーツによると、何と、「北国の少女」と同様に渡英時のマーティン・カーシー(Martin Carthy)らとの交流による感化が起点、イングリッシュ・フォーク「リビング・オブ・リバプール」(?)が元歌であるという。手持ちのトラディショナル・フォークのディスクを探ってみる。『ベスト・アイリッシュ・ソングズ』というコンピレーションCD集にローズ・マリー(Rose Marie)の歌唱版「ザ・リーヴィング・オブ・リバプール」が収録されていた。なるほどね、確かに、と興味惹起。云、でもイングリッシュ?、アイリッシュ?
ディラン・ソングのルーツ面白すぎだな。「北国の少女」再び、♪北国の少女、2014/04/29)といい、「ヒー・ワズ・ア・フレンド・オブ・マイン」〈ブロークバック・マウンテン〉を聴いてみる、2013/10/06)といい。そう、ウディー・ガスリー方式でトピカル・ソングに仕上げた「戦争の親玉(マスター・オブ・ウォー)」にメロディーを借用したという、ジーン・リッチー(Jean Ritchie)のアパラチアン・マウンテンズ・フォーク「ノッタムン・タウン」も最近、別のコンピ盤で聴くことができた。ノッチンガム(ノッチンガムシャー)辺りの地名なのかね、英国本家バージョンってあるのだろうか?あと、『Johnny Cash At San Quentin』(legacy edition)の「ウォンテッド・マン」が未解明(再び、ボブ・ディランとジョニー・キャッシュ、2013/07/14)だったね。

◆参考◆
YouTubeから引用、紹介です。「ザ・リーヴィング・オブ・リバプール」、グリニッジ・ヴィレッジの先輩格、クランシー・ボーイズ(The Clancy Brothers)のパフォーマンスで。

◆追記◆
『STUDS TERKEL'S WAX MUSEUM』を聴き進めると、1963年初頭の渡英でマーティン・カーシーに教わったバラッドが元歌の楽曲がさらにもう一つ。「ボブ・ディランの夢」は、「ロード・フランクリン」、または「レディ・フランクリンズ・ラメント」とか「ザ・セイラーズ・ドリーム」のタイトル知られている歌なのだそう。素直に、この曲への意識は薄かった、元歌系のバージョンを探してみいたが、今のところ行き当たらず。「北国の少女」とも1963年5月にリリースされた『フリーホイーリン』収載、スタッズ・ターケルのラジオ番組でのライブは同年4月26日となっているのも面白いところ。一番は、スタッズ・ターケルによるインタビューの聞き取りであるだが、、、
ライナー・ノーツに目を移してみて、さらにさらに、「ブーツ・オブ・スパニッシュ・レザー(スペイン革のブーツ)」マーティン・カーシーの影響下にあり「北国の少女」と兄弟曲を構成していることに、またまた驚く。こちらは1964年リリースのアルバム『時代は変る(ザ・タイムズ・ゼイ・アー・アチェンジン)』収載。この曲もマークしていなかった(『時代は変る』のだが、、、2014/08/28)。詩作としては、カーター・ファミリーはじめ米国でも広く歌われているブリテッシュ起源のバラッド、「ブラック・ジャック・デヴィッド(またはデヴィー)」にインスパイアということらしいが、この聴きたどり・検証は、また、あらためて。
『STUDS TERKEL'S WAX MUSEUM』の収載は以下の7曲(※印は公式スタジオ・アルバムでのリリースなし)。演奏の間にスタッズ・ターケルとの会話が挟まれている。ブロードサイド・バラッドやトピカル・ソングを昇華した詩作でボブ・ディランがフォークいわれる所以、あらためてであるがのめり込んでしまう。
 ①フェアウェル(※)⇒(「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」、2014/06/19
 ②はげしい雨が降る
 ③ボブ・ディランの夢
 ④スペイン革のブーツ⇒(♪スペイン革のブーツ、ってバリアントも、2014/08/02
 ⑤ジョン・ブラウン(※)⇒(♪ジョン・ブラウン、って誰だ?、2014/06/27
 ⑥フー・キルド・デヴィー・ムーア?(※)
 ⑦風に吹かれて⇒(ディラン、ファースト・アルバムの元歌対比集、2014/06/08

2014年2月25日火曜日

アニタ・カーターとハンク・ウィリアムス

ちょと前、YouTubeからの配信メールにハンク・ウィリアムス(Hank Williams)とアニタ・カーター(Anita Carter)のジョイントがあったので紹介します。「I Can't Help It」、私は初めて見ました。アニタ・ファンにとっては嬉しい限り。とても貴重だと思うのだけど、このカップリング、他のパフォーマンス映像もあるのかしら、もっと観てみたい。
カーター・ファミリーの評伝でこの二人の関係を記述していたことも思い出す。読み返してみなければ。


◆追記◆ ハンク・スノウ(Hank Snow)とのカップリングもありました。これもYouTubeからの配信より。(2014/09/09)

2014年2月15日土曜日

ザ・ソングズ・オブ・ピート・シーガーの続きで、

追悼鑑賞、ザ・ソングズ・オブ・ピート・シーガーは第1集「ホエア・ハブ・オール・ザ・フラワーズ・ザ・ゴーン」(1998年)から第2集『イフ・アイ・ハド・ア・ソング』(2001年)へと移行。邦人にとっては馴染みが薄い面々と、なかなかバックグラウンドまでには思いが至らない楽曲多々のトリビュート・パフォーマンスという点では第1集に共通しているもの、16トラックの皮切りは、ジャクソン・ブラウン(Jackson Browne)とジョーン・バエズ(Joan Baez)のキューバ音楽「ガンタナメラ」だ。第1集ではブルース・スプリングスティーン(Bruce Springsteen)の「ウィー・シャル・オーバーカム」があったが。、、「ガンタナメラ」、これは結構ポピュラーに知られた曲、グアンタナモの女って意味?、、、2001・9・11以降、少々フォーカスが当たった、21世紀にして米国がハイパー軍事租界を運営するかの地であろうとは、、、ここにも感慨。
ピート自身とアロー・ガスリー(Arlo Guthrie)のジョイントが2曲あるのも特徴。その一つが「66ハイウェイ・ブルース」、ウディ=ピート・ラインの曲らしいが、オリジナルは聞いていたか?気になるところ。これもピートが参加しているが、ウィーバーズ(The Weavers)時代の活動で知られた「トーキング・ユニオン」はラップというかヒップ・ホップ調に仕上がっている。いわゆるトーキング・ブルースをはじめ、歌詞の表現スタイルから派生した音楽文化、ルーツ・ミュージックの意味をあらためて噛み締める。こちらは、パーフォーマーの探究。やはり、ウィーバーズ時代からの「イフ・アイ・ハド・ア・ハンマー」は、第1集と第2集ともに異なる演者で収録、とりあえず、前者、ナンシー・グリフィス(Nanci Griffith)のパフォーマンスは好きになってしまった。

◆参考◆
YouTubeからの引用、紹介です。

2013年8月28日水曜日

♪アイラ・ヘイズのバラッド

DVD『The Johnny Cash Music Festival 2011』(2012年)、アーカンソー州立大学のコンサートで、「アイラ・ヘイズのバラッド」を歌っているのが、歌中のアイラ・ヘイズと同じネイティブ・アメリカンのビル・ミラー(Bill Miller)。ハッと思い出した。そう、アイラ・ヘイズとは、硫黄島・擂鉢山の頂に星条旗を掲げた6人の「英雄」のうち米国本土に帰還できた3人のひとり。聞き流し過ぎか認識が薄かった。
第二次大戦の硫黄島を巡る攻防はクリント・イーストウッド監督によって2部作の映画が製作され、米国視点からの「父親たちの星条旗」(2006年)によって、「2度」掲げられた星条旗、「英雄」を必要とした米国の事情、祭り上げられた兵士たちの顛末が描かれたことで、おそらく、私だけでなく日本国民の多くは初めて「硫黄島の星条旗」の意味を知ったのだと思う。
「アイラ・ヘイズのバラッド」はフォーク・シンガーのピーター・ラファージ(Peter LaFarge)作というものの、やはり、1964年に初めて録音したジョニー・キャッシュの歌唱がよく知られる。ピート・シーガーやボブ・ディランにはあるらしいが、カバーはそう多くないなぁなどと思いつつ、今回聴きとめたのも再認識の一因。戦争後遺症といえるアルコール依存症が高じて命を縮めたアイラ・ヘイズ。アリゾナ・フェニックス渓谷のピマ族出身であり、その暮らしぶりから、志願、そして戦果、凱旋後が語られ、「ウィスキー・ドリンキン・インディアン」と呼んでも返事が返ってくることはない、、、などと、ストレートな表現のリフレインは、全体として冷めた哀愁を醸しだす。通俗なヒーロー讃歌ではなくして、なるほど、バラッドの文化なんだなぁと思う。このような歌を取り上げる、「歌うべき歌を知っている」とは一連のトリビュート企画で登壇したシンガーのだれであったかの言、これがジョニー・キャッシュの価値ってことか。
戦後まもなく「硫黄島の砂」(アラン・ドワン監督、1949年)が、アイラ・ヘイズら3人の英雄のカメオ出演を得て製作されているということだが未見。「父親たちの星条旗」とあわせて観直してみたい気持ちになってきた。

◆追記◆
「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」(2014/06/19~20)

◆参考◆
YouTubeからの引用、紹介です。アイラ・ヘイズ本人のイメージで。

2013年6月26日水曜日

フォルサム・プリズンのレジェンドといえば、

『Johnny Cash At San Quentin』続きで、『Johnny Cash At Folsom Prison』を聴き直してみる。こちらも2CD+DVDのレガシー・エディション。フォルサム・プリズンのレジェンドといえば、初発のライブ・アルバムLPで象徴的に締めとして収録された「グレイストーン・チャペル」、そして、この獄中ゴスペルのような楽曲をつくったのは、当時のフォルサムの住人、グレン・シャーリー(Glen Sherley)であったこと。キャッシュが刑務所関係者からの録音テープ提供でこの曲の存在を知らされたのはライブ前日で、すぐに当日の演目採用を決めたという。レガシー版のDVDはドキュメンタリー映画で、マール・ハガード(Merle Haggard)、ロザンヌ・キャッシュ(Rosanne Cash)らと、当時の囚人たちのインタビューも収めており、グレン・シャーリーにかかる描写も多い。
ここで、輸入盤につき、やはりもっと英語力をつけねばと、観るたびに心してしまう。自戒。
出所の機会を得たグレン・シャーリー、社会復帰に歩み出すが、心の闇(病?)と暴力傾向は矯正された訳ではなく、1978年に銃で自殺を図ったという、何ともリアルな現実譚であり。
しかし、『At San Quentin』といい、『At Folsom Prison』といい、刑務所チャリティーにしては、ちょとわが国では採用しづらいのではと思える「25ミニッツ・トゥ・ゴー」、「グリーン、グリーン・グラス・オブ・ホーム」、「ロング・ブラック・ヴェール」、「ダーク・アズ・ア・ダージョン」などと、カントリー・フォークのスタンダードにゴスペル、ジョニー・キャッシュ(Johnny Cash)ならではのオリジナルを交えたプログラムの妙はさすが、飽きが来ない。
うん?、『At Folsom Prison』収録のコミカル調、いわゆるノベルティ・ソングっていうのか、「フラッシュド・フロム・ザ・バスローム・オブ・ユア・ハート」って、「大きなまだらの鳥/アイム・シンキング・トゥナイト・オブ・マイ・ブルー・アイズ」(2013/05/11)の派生曲だったの??クレジットは、サン・レコードのプロデューサー&ソング・ライター、ジャック・クレメント(Jack Clement)となっているが、、、

◆参考◆
グレン・シャーリー本人のパフォーマンスで。YouTubeから引用、紹介です。

◆追記◆
『Johnny Cash At San Quentin』「グレイストーン・チャペル」に相当する楽曲として「アイ・ドント・ノウ・ホエア・アイム・バウンド」(2000年リリースのCDに収載)があった。クレジットはT.Cuttie、囚人の詩にジョニーが曲をつけたものという。経緯は不勉強、課題リスト入り。
◆さらに追記◆
その後、ウィーバーズ(The Weavers)とか聴き直していると、ふと、「グレイストーン・チャペル」の旋律は、カウボーイ・ソング「オールド・ペイント」を下敷きにしているじゃん、と思った。ジョニー・キャッシュもこの元歌を「アイ・ライド・アン・オールド・ペイント」のタイトルで歌っているが、初録音はいつかな?リンダ・ロンシュタット(Linda Ronstadt)のバージョンもあったね、カウボーイ・ソング、あんまり意識していなかった。(2013/09/17)