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2015年5月14日木曜日

《ボブ・ディランのアメリカ~愛聴盤101枚の世界~》

出版は気に止めていて手元には置いておいたのだけど、やっと鈴木カツ氏の『ボブ・ディランのアメリカ~愛聴盤101枚の世界~』(2014・4)に着手、読み進めていところ。ここ2~3年のボブ・ディランに傾いた渉歴から見逃しはできぬとは思っていたが、開いてみて101枚中の1番目は何とあの、ハリー・スミス編纂、1952年初発の『アンソロジー・オブ・アメリカン・フォーク・ミュージック』『アンソロジー・オブ・アメリカン・フォーク・ミュージック』、2014/09/28)で、かつ、書籍の扉にそのジャケットのカラー写真が掲げられているとか、一般には語られることが少ない1962年のデビュー・アルバム『ボブ・ディラン』ディラン、ファースト・アルバムの元歌対比集、2014/06/08)の評価であるとか、まさにこの間の小生の見立てと重なる指摘に安堵したり、諸々の知見からは視界も広がったりである。
デビュー盤収載の「朝日のあたる家」♪連れてってよアルバム、2014/09/13)とアニマルズの録音の関連については、「真相は藪の中」と言われてしまうと、やっぱり、そうなのかともね。
じっくり読み解き、聴き解いていくことに。

◆過去のメモ◆
アンソロジーとしての、ザ・ベースメント・テープス(2014/11/09)
ベースメント・テープスの源流(2014/11/21)
「♪貧者ラザロ」で、たどってみる(2014/11/26)

2014年11月21日金曜日

ベースメント・テープスの源流

ボブ・ディラン(Bob Dylan)&ザ・バンド(The Band)の『ザ・ベースメント・テープス』コンプリート版、CD6枚に収まった138トラックのうち4割強が自作曲ではないトラディショナルの解釈パフォーマンスや既存ポピュラー曲との戯れ。ディランらがインスパイアを受けたこうした源流楽曲のオリジナル・パフォーマンスを集めた英国版のコンピレーションCDを聴いていたことと、特集本「THE DIG Special Edition」の曲目解説を参考にし、これらの楽曲にフォーカスしてローテションを繰り返してみる。
コンピレーションCDは27曲収載でコンプリート版の1枚目および2枚目で取り上げられたものが多く、この前、言及した6枚目11番目のトラック「ゴーイン・ダウン・ザ・ロード・フィーリン・バッド」エリザベス・コットン(Elizabeth Cotten)の演奏で紹介されていて勉強になった。このコンピ盤、ジョニー・キャッシュ(Johnny Cash)、ジョン・リー・フッカー(John Lee Hooker)、ハンク・ウィリアムス(Hank Williams)、ハンク・スノー(Hank Snow)の持ち歌系統がそれぞれ複数ありものの、どういう訳か、2枚目に3曲取り上げているイアン&シルヴィア(Ian & Sylvia)のはどれも採用されてなかった。
そう、5枚目の16番トラック「ワン・カインド・フェイバー」は、例のハリー・スミス(Harry Smith)氏編纂『アンソロジー・オブ・アメリカン・フォーク・ミュージック』(1952年)のアンソロジー効果でファースト・アルバム『ボブ・ディラン』(1962年)でも取り上げたブラインド・レモン・ジェファーソン(Blind Lemon Jefferson)の「スィー・ザット・マイ・グレイヴ・イズ・ケプト・クリーン」に同じ曲だが、アレンジによる果敢な変貌。等々、トラディショナル系はもっと聴き込んでいかないと。

2014年11月9日日曜日

アンソロジーとしての、ザ・ベースメント・テープス

ブートレッグ・シリーズ第11集、待ちにまった、まさにブートレッグの中のブートレッグといえるボブ・ディラン(Bob Dylan)&ザ・バンド(The Band)の『ザ・ベースメント・テープス』、米国からの輸入盤でコンプリート版CD6枚を聴き通してしまった。若きディランに即したルーツ・ミュージックを考察していただけに、今年はタイムリーな出来事が重なり極みに。
1966年のオートバイ事故、ウッドストック、ビッグ・ピンク、地下室などのキーワードとともに、タイトルを含めて伝説化している海賊版『グレート・ホワイト・ワンダー』のシェイプ・アップした公認バージョンとして、あるいは1975年の正式なリリースで明らかにした一部音源によるアルバム『地下室』のアウト・テイク集として、とにかく成果が求められたというソング・ライターとしてのデモンストレーション仕事のバリエーションを慮って、等々、聴くアプローチもそれぞれでしょう。上記の理由により私の場合は、アンソロジーとしてが第一かなぁー。その時代、その境遇にして営まれたパフォーマンスの意味も考えつつ。
とりあえず、1曲のみメモ。ディスク自体がボーナスという6枚目、11番目のトラックが「ゴーイン・ダウン・ザ・ロード・フィーリン・バッド」。これは、ウディ・ガスリー(Woody Guthrie)が『ダスト・ボウル・バラッズ』(1940年)収載の「ブローイング・ダウン・ディス・ロード」でメロディーを転用した「ロンサム・ロード」が元歌なんだろうね。高田渡さんの歌にも同じ旋律があったよね?!ディランもまた『ラブ・アンド・セフト』(2001年)では別のタイトル・歌詞で録音しているとか?!!またしても変遷に興味。
とにかくに、この音源と豪奢なブックレット・写真集の読解は着手したばかり。確かに一生もの。国内盤のほうがハードル低かったかな。関連の出版物も期待しましょう。

◆追記◆
3枚目のディスクに2つのテイクで「アイ・シャル・ビー・リリースト」が。療養・隠遁期のディランにしてこその名演で、本当にすばらしい。マイ・コレクションでは『グレーテスト・ヒット第2集』(1971年)であったか、初めて出会った十代から印象深く愛着のある楽曲。ルーツ巡りでリフレクションしてきて、アメリカ音楽の揺籃で育まれたスピリチュアル、カントリー・ゴスペルの延長上にある楽曲であることがよく分かってきた。公式リリースはザ・バンド『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』(1968年)だったね。ブートレッグ・シリーズ第2集収載分との対比はという課題もあり。
『地下室』収載の「ユー・エイント・ゴーイン・ノーホエア(どこにも行けない)」も2テイクあり。同じく2テイクある「ミリオン・ダラー・バッシュ(百万ドルさわぎ)」はサビ旋律からして兄弟曲、この辺りはカントリー・テイストで好きなんだなぁー。
と、そこへ、特集本の第1弾「THE DIG Special Edition」が届く。日本人アプローチから読解の手立てに。楽しみは続く。(2014/11/18)
さらに、
ベースメント・テープスの源流(2014/11/21)
「貧者ラザロ」で、たどってみる(2014/11/26)

2014年11月3日月曜日

♪ジョン・ヘンリー

トレイン・ソングの「ケイシー・ジョーンズ」がらみで、鉄道関連で働き死に招かれる事態に逢着した市井のヒーローを歌い上げるバラッド、かつ、アメリカン・バラッドとしては最もよく知られ、ハンマー・ソングとも言われるコンセプトを有する「ジョンー・ヘンリー」。これが何と『アンソロジー・オブ・アメリカン・フォーク・ミュージック』(ハリー・スミス氏編纂、1952年)には、二つのバリアントが収録されていた。トラック・ナンバー18番、ウィリアムソン・ブラザーズ・アンド・カリィ(The Williamson Brothers and Curry)の「ゴナ・ダイ・ウィズ・マイ・ハンマー・イン・マイ・ハンド」と、同80番、ミシシッピ・ジョン・ハート(Mississippi John Hurt)の「スパイク・ドライバー・ブルース」である。前者のタイトル・クレジットでのパフォーマンスは初めて出会ったかな。
「ジョン・ヘンリー」に関しては、東理夫氏が『アメリカは歌う。歌に秘められた、アメリカの謎』で、現地調査を踏まえたレジェンドの検証を(マーダー・バラッドに秘められた謎、2011/12/04)、ウェルズ恵子氏は『フォークソングのアメリカ ゆで玉子を産むニワトリ』で、いくつかのバリアントについて歌詞に織り込まれた心象を分析していた。これらにより、アンソロジー収載の2曲の意図も分かるよう気もするが、、、よくよく、読み返してみねばね。あと、アルバムのブックレットにはレスリー・リドル(Leslie Riddle)の録音が存在することも示されていた。レスリー・リドルのパフォーマンス、聴いてみたいものである(ルーツをたどり、レスリー・リドルへ、2013/02/04)。

2014年10月2日木曜日

スコッチ・アイリッシュと♪アメイジング・グレイス

NHKのBS放送、再放映で「大河に時は流れる ミシシッピ川 /賛美歌 アメイジング・グレースの旅路」(2002年)という番組を拝見。奴隷商人であったジョン・ニュートンが航海中にインスパイアを得て歌詞を書いたというよく知られた逸話にも増して、「アメイジング・グレイス」が黒人系、白人系それぞれの歴史的社会背景をベースに歌い継がれている重層さに驚きを新たにした。ニュートンの歌詞ではない讃美歌として同じメロディーで歌う、先住民・チェロキーの苦難の歴史は初めて知った。キリスト教や西洋化をいち早く受け入れていたのに土地を追われたとは。
作者不詳とされる「アメイジング・グレイス」のメロディーについて、19世紀前半の楽曲集収載の「セントメアリー」や「ギャラハー」との相当説を紹介。ブリテン諸島ルーツを示唆しつつアパラチア地方で代々、フォークソングを歌う家系一族のレポートでもリアルな映像が見られて面白かった。でも、ここで気になったのは「スコッチ・アイリッシュ」「スコットランド系アイルランド人」と訳していたこと。スコットランド人なのか?アイルランド人なのか??、あらためて考えてみると大いに気になる。スコットランド本国では独立の是非を巡って先月、住民投票が行われたり、わが国へのスコッチ・ウィスキー移植をリスペクトするNHKの連続テレビ小説「マッサン」が始まったりしたばかりだし。
で、少しく調べてみるに、1700年前後のイングランドの攻勢で経済的に困窮したスコットランド人の中でもより居心地が悪いプロテスタント系が北アイルランド(アルスター)へ移民し、さらに1740年代初めの飢饉で米国へと渡っっていったという説明に遭遇。また、ブリテン諸島では使われない言い回しだとも。マーダー・バラッドもスコッチ・アイリッシュの営みと関係を密であることを説く、東理夫氏の著書『アメリカは歌う。歌に秘められた、アメリカの謎』では、凶作動因を1727年、1770年を含め幅広い年代とし、移民の起点もイングランドとスコットランドの境界地区からのボーダラーズおよび北アイルランドからとニュアンスの異なる説明だった。前者は狭義ととらえることもできるが、「スコッチ・アイリッシュ」と括られる移民群の動因・心因も重層的なんだろう。アイデンティティはどんなものか?でもやっぱり、「スコットランド系アイルランド人」の表現には違和感が残っている。

◆過去のメモ◆
♪アメイジング・グレイスに共通して、(2012/02/04)

◆追記◆
再学習として『ロックを生んだアメリカ南部 ルーツ・ミュージックの文化的背景』(著者・ジェームズ・M・バーダマン、村田薫両氏)をめくり返してみると(ルーツをたどり、レスリー・リドルへ、2013/02/04)、「スコッチ・アイリッシュ」とする表現は用いていないようだ。アパラチアへの移民として「先頭を切ったのはイギリス北部やスコットランド、アイルランドから来た土地をを持たない農場労働者や職人」(後にドイツ系やスイス系も)であり「プロテスタント色がきわめて濃厚な文化」を築いたとして説明、一方、彼ら移民が住む地域への蔑みを含む「つくられたイメージ」についても解き明かしていた。なるほど、これもまた忘れてはならない視点。
◆さらなる追記◆
今月に入ってからか、BS‐TBSの番組「SONG TO SOUL One piece of  the eternity―永遠の一曲」で「アメイジング・グレイス」の回を観ることができた。フォーカスはジョン・ニュートン、アレサ・フランクリン、ジュディ・コリンズらで特段の知見があった訳ではなかったが、生うたを披露したジュディのおばあさん然には感慨。歴史的にはジョン・ニュートンの歌詞は複数の旋律で歌われていたそうで、例の「朝日のあたる家」のメロディーによるバージョンもあると紹介していた。これは初耳。ちょっと、立て込んでそれっきりだったが、また聴き直してみねば。(2014/12/22)

2014年9月28日日曜日

『アンソロジー・オブ・アメリカン・フォーク・ミュージック』

アメリカン・ルーツ・ミュージックの渉歴で、このタイミングでハリー・スミス(Harry Smith)氏編纂の『アンソロジー・オブ・アメリカン・フォーク・ミュージック』に取り組むことに。このコンピレーション・アルバム、LPレコードでのオリジナルは1952年リリースだそうだが、CD6枚組みの版の新しいもので。開封しての感心はブックレット・資料集の充実度、情報源の注釈や楽曲については別レコーディングを提示してくれてありがたく、これだけでもお値打ち。録音が可能になって間もなくのバラッド、ソーシャル、ソングの大枠3分野で編まれた音源集、一抹の懸念はあったものの、意外とすんなり入って行けたのは、最近聴いていたアーティストたちのルーツがまさにそこにあるから。
例えば、クラレンス・アシュレイ(Clarence Ashley)は「ハウス・カーペンター」「クー・クー・バード」、それにカロライナ・ター・ヒールズ(The Carolina Tar Heels)のユニット名で「ペグ・アンド・オール」などを収載。コンピレーションCDで1960年代初頭のドク・ワトソン(Doc Watson)とのジョイント・ワークを聴いていたので感激。30年ほど前の録音ということで、アシュレイのライフ・ステージでは1960年代はまさしくリバイバルだったんだね。ボブ・ディラン(Bob Dylan)なら「スィ-・ザット・マイ・グレイヴ・イズ・ケプト・クリーン」などブラインド・レモン・ジェファーソン(Blind Lemon Jefferson)が3曲も。黒人霊歌、ゴスペルの変遷に関心を抱きつつ傾聴していた「ウィル・ザ・サークル・ビー・アンブロークン」の兄弟曲関連では「シンス・アイ・レイド・マ・バーデン・ダウン」のタイトルが収載、エドワーズ・マッキントッシュ・アンド・エドワーズ・サンクティファイド・シンガーズ(The Elders McIntorsh and Edwards' Sanctified Singers)のクレジットで1928年の録音となっている。第2巻ソーシャル・ミュージックの後半はゴスペル系でとりわけ心が動いてしまった。
あと、第1巻バラッドの先鋒「ヘンリー・リー」、云々、チャイルド・バラッド収載のマーダー・バラッドか?バリアント、バリエーションで耳に馴染んだものがあるようような、、、。調べてみると、確かににチャイルド・バラッドの46番「ヤング・ハンティング」との情報も。第1巻10番目のトラックはリチャード・バーネット(Richard Burnett)の「ウィリー・ムーア」、13番目はブラインド・フィドラーのG・B・グレイソン(G.B.Grayson)の「オーミー・ワイズ」などは、東理夫氏が著書『アメリカは歌う。歌に秘められた、アメリカの謎』の「アパラチア生まれのマーダー・バラッド」の章で言及・読解していた。後者は「オハイオ川の岸辺で(ザ・バンクス・オブ・ジ・オハイオ)」の元歌であり、その最も初期の録音だとか(マーダー・バラッドに秘められた謎、2011/12/04)。
この間の旅の総括として、ブックレットを読み解き、さらにこれらの音に親しみを深めねば。

◆追記◆
ブックレットにはリチャード・バーネットことディック・バーネットによる1913年のバラッド「フェアウェル・ソング」はよく知られたフォークソング「ア・マン・オブ・コンスタント・ソロウ」となったとある。録音もバーネットのものが最も古いらしい。とか、ブラインド・レモン・ジェファーソン(Blind Lemon Jefferson)の「スィー・ザット・マイ・グレイヴ・イズ・ケプト・クリーン」は、ミシシッピ・フレッド・マクダウェル(Mississippi Fred McDowell)のバージョンでは「シックス・ホワイト・ホーセス」のタイトルだとか、これもなるほど。また、G・B・グレイソンの相棒,、ヘンリー・ウィッター(Henry Whitter)はウディ・ガスリー(Woody Guthrie)、ボブ・ディランへとつながるギター&首かけハーモニカ・スタイルを取り入れていたとか。という具合で興味は尽きず。

◆過去のメモ◆
♪マン・オブ・コンスタント・ソロウ(2013/07/25)

2014年8月7日木曜日

フォルサムからクレセント・シティにもどる

思い立って、ジョニー・キャッシュ(Johnny Cash)の評伝本『Johnny Cash : The Biography』(著作・Michael Streissguth氏)を読み始める。そうか、ジョニー・キャッシュがレコード会社との契約に向けてポイントとなった楽曲「フォルサム・プリズン・ブルースって、ポピュラーなジャズ系アレンジを手がけていたゴードン・ジェンキンス(Gordon Jenkins)作の「クレセント・シティ・ブルース」が元歌だったのか。ゴードン・ジェンキンスの主要なオーケストレーションの仕事は1950年代が中心で、ナット・キング・コール(Nat King Cole)、フランク・シナトラ(Frank Sinatra)など王道ですなぁ。
別にもう少々調べてみると、ゴードン・ジェンキンスが1953年にレコード化したこの楽曲のさらなるルーツは、ブギウギ・ピアノマンのリトル・ブラザー・モンモゴメリー(Little Brother Montgomery)が1930年代に奏でた「クレセント・シティ・ブルース」の旋律にさかのぼることができるという。そこそこのジャズ・スタンダード愛好者でいたつもりであるが、「クレセント・シティ・ブルース」、スタンダードというほどには認知されていないよなぁーとか考えつつ。フォルサムもクレセント・シティもカリフォルニア州にあると思ったが、クレセント・シティはおそらくニューオーリンズの別称なのだろう。この楽曲の変遷も面白すぎ。
評伝本にもどって、列車、監獄、殺人、アウトロー、ブルーな心情など米国バラッドに特徴的に好まれる素材で編まれた「フォルサム・プリズン・ブルース」の歌詞には、ジミー・ロジャース(Jimmie Rodgers)の「ブルー・ヨーデルNo. 1 (T・フォー・テキサス)」を下敷きした部分もあるとも。
ジョニー・キャッシュ、実際にフォルサム刑務所等でのライブを行い、それらの音盤化でキャリアの中興を築くわけだから(カントリー・レジェンド、2013/06/24フォルサム・プリズンのレジェンドといえば、2013/06/26)、この曲のなおさら意義深さに想い入ってしまう。

◆参考◆
「クレセント・シティ・ブルース」、YouTubeから引用、紹介です。


◆余談◆
「クレセント・シティ・ブルース」と同じように意外とスタンダードではない楽曲で思い出したのは、「マレフィセント」(ロバート・ストロンバーグ監督)でエンディング・テーマで採用されていた「ワンス・アポン・ア・ドリーム」。もちろん、アニメーション版「眠れる森の美女」(1959)の主題歌のカバーであるが、例えば、「白雪姫」(1937)の「いつか王子様が」ほどには受け入れられていないよね。「ワンス・アポン・ア・ドリーム」のムーディなオールド・ファッション、私は好きです。作詞・作曲者はそれぞれクレジットされているわけだが、アニメ版はチャイコフスキーのバレエ音楽をベースにしており、この楽曲のその一編をなすワルツ(いわゆる、ガーランド・ワルツ)がモチーフ。「マレフィセント」、特にコメントはないけど、「眠れる森の美女」は見直したくはなる。

2014年5月13日火曜日

「それでも夜は明ける」と、、、

久々に真っ当そうな鑑賞として、「それでも夜は明ける」(スティーヴ・マクィーン監督、2013)と、、、ウェルズ恵子氏の著作『魂をゆさぶる歌に出会う アメリカ黒人文化のルーツへ』(2014・02)に対峙。
「それでも夜は明ける」は。正直どうして今?と心情的に気が進まなかったものの、始ってみると、この間の音楽嗜好とかみ合った、まさにルーツをたどるフォーク、ワーク・ソングやゴスペルの彩りで助けられて感慨を持続しつつ見通すことができた。カタルシスには至らなかったが。感慨をもたらした情景のメモのいくつか、①黒人奴隷をキリスト教の福音をもって教化する比較的マシな部類の農場主②黒人奴隷と同様の労働に従事するまでに落ちぶれた白人によるその境遇を招いた虐げる側にあった心因の吐露③妻にも伍して黒人女を性奴隷としても支配する農場主④サトウキビやコット・フィールズでの農作業、リンチを含め過剰に残酷な奴隷の扱い(描写)、、、等々。
サッカー・バナナ事件のルーツ?、ナイジェリアで現在起こっていること、いわんや、わが国や世界の国のここかしこで拭えていない人間社会の歪み、自虐的であっても歴史は顧みなければという思いに戻しつつ、この上ないタイミングで『魂をゆさぶる歌に出会う』を読み通してしまった。ウェルズ恵子氏にはかなりの部分の関心事が重なるので興味深く読めたが、この岩波ジュニア新書、文字通りジュニア向けで文章表現は平易だけど、歌詞の解釈とか内容は難しい、奥深いねーぇ。
同書で触れている「ラン、ニガー、ラン」って、農場の監督役のポール・ダノが挑発的に歌っていた曲かな??これは、さすがに商業的なサントラ盤には収録していないだろうな。
ハンマーソングのコンセプト解説では「ロスト・ジョン」を例示し、そのパフォーマーとしてブラインド・ミュージシャンのサニー・テリーやそのカバー系統でウディ・ガスリーを紹介していた。あっそうだね、ボブ・ディランが「ウディに捧げる歌」で敬意を示した3人うちのひとりがサニーだったね。

「それでも夜は明ける」の評価メモ
【自己満足度】=★★★☆☆
【お勧め度】=★★★☆☆

『魂をゆさぶる歌に出会う アメリカ黒人文化のルーツへ』の評価メモ
【自己満足度】=★★★☆☆
【お勧め度】=★★★☆☆

2014年4月29日火曜日

再び、♪北国の少女

ボブ・ディラン(Bob Dylan)の「北国の少女」(1963年の『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』収載)とサイモン&ガーファンクル(Simon & Garfunkel)の「スカボロー・フェア/詠唱」(1966年の『パセリ・セージ・ローズマリー・アンド・タイム』収載)は同工異曲で、1965年のアルバム・リリースで巷に知られることとなったイングランドのミュージシャン、マーティン・カーシー(Martin Carthy)版「スカボロー・フェア」を経過し、チャイルド・バラッド2番の「エルフィンナイト」とそのバリアント群までさかのぼることができるという話。「北国の少女」と「スカボロー・フェア」の旋律の違いは?、何故に、、、フランシス・ジェームズ・チャイルド氏が19世紀に収集・整理したバラッド集は、テクニカル面での時代の制約からか『梁塵秘抄』同様にメロディを記録しきれていないので、明朗ではないもののバリアントの範疇ではあるのだろう。この辺り、ウェブサイト「世界の民謡・童謡」収載の「スカボローフェアの謎」に詳しい(関心のある方は検索をお勧めします)。ディランもポール・サイモン(Paul Simon)もマーティン・カーシーに直接の面識と交渉があるという指摘が参考になった。この3人1941年生まれという共通点もあり。
に、しても、茂木健氏が『バラッドの世界/ブリティシュ・トラッドの系譜』(新装増補版、2005・08)で提起していたように著作権の登録とクレジットの問題が残るのだが。茂木氏はポール・サイモンに焦点を当てた指摘をしているが、ポール・サイモンの労としては、この時代を反映した「詠唱(Canticle)」を重ねたアレンジがミソか。云々、この英単語、気になってきた。一方、カーター・ファミリー、ウディ・ガスリーの延長上にいるディランの方も、この曲に限らずとうこともあり。

◆追記◆
ディランの♪フェアウェル(2014/06/01)

2014年1月27日月曜日

《エルヴィス・プレスリー》を読んでいると、

地上波で放映された「依頼人」(ジョエル・シューマッカー監督、1994)を流して見ると、エルヴィス・プレスリー記念病院というのがロケーション舞台の一つとして映し出された。移り気で集中していなかったせいか、吹き替えかつ放映用編集が施されていためか、映画の面白さに加えて、この病院引用の意味が十分に理解できなかった。といって、録画をもう一度回してみても同じ結果のような。ジョン・グリシャム原作だし、ちょうど、東理夫氏の『エルヴィス・プレスリー』(1999年)を読み始めたところだし、ひっかかりはあるな。簡易に検索で調べた範囲では、メンフィスにおいてファンクラブの基金で運営されている病院とのことだが、、、。読み進めつつ思い起してみることに。
映画は、躓きの石を踏んで後、再起に歩み出そうという弁護士役のスーザン・サランドンは当たりに見えたが、連邦検事役の トミー・リー・ジョーンズはどうだろう、スーツを着た映画の記憶はなかったなぁ。

2013年12月30日月曜日

《素晴らしき哉、人生!》

『素晴らしき哉、人生!』という本をクリスマスを過ぎた先日、店頭で見つける。もちろん、フランク・キャプラ監督の「素晴らしき哉、人生!」(1946)の関連本で、フォーインという出版社から出ている名作映画完全セリフ音声集/スクリーンプレイ・シリーズの166番目。2013年2月が初版ということで、キャプラ復興の余波はこんなところにもと嬉しくなる。TV放映で視聴した「オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史」での、フランク・キャプラへのクローズアップ(2013/09/05記)に続いてってところだけど。
このスクリーンプレイ本、昔の同種のものに比べると、コラムその他なかなか充実しているなぁとお見受けする。例えば本筋以外のところで、あんまし一般の邦人の気には止まらないだろうなと思われる劇中ソングで聖歌の「ハーク、ザ・ヘラルド・エンジェルズ・シング」(2012/12/22に私見、もう1年も前に!?)や大衆歌謡の「バッファロー・ギャルズ」(2013/08/01に私見)への言及とか、さすがである。とりあえず、一読してみることに。

◆追記◆
コラムには、2010年にニューヨーク州セネカ・フォールズに「イッツ・ア・ワンダフル・ライフ・ミュージアム」が開設されたとのニュースも。キャプラが劇中の街、ベットフォード・フィールズのモデルとしたとの説に基づくプロジェクトで、それも何と、主人公ジョージ・ベイリーの娘・ズズを演じたキャロライン・グライムスの協力によるものだとか。この辺り、少しく詳しく知りたいところだ。

2013年9月1日日曜日

「風立ちぬ」

「風立ちぬ」(宮崎駿監督)は、予想外(?)のヒットで興業収入は100億円を超える見込みという。1か月ほど前に鑑賞済みで、可もなく不可もなくながら、老境感覚が際立つ作家性の強い映画というのが感想。とりわけ、巷で話題になった喫煙表現の多用は、確かに記憶に刻まれ、いやが応でも、その意図を考えさせされる。喫煙場面の描出は確信的表現と思われるのが、ネットなど、見かけてた範囲で製作側から、この点について特にコメントがないのも気になっていたところ、半藤一利氏との対談本『腰ぬけ愛国談義』が出版されたのをみつけ通読してしまった。
解決されたわけではないが、半藤氏は脱煙の成功者、宮崎氏は依然スモーカーであることは分かった。あと、何よりもその生い立ち、家業が関連製造業であったことなど、宮崎氏が国産軍用機の製造という今回の筋立てを採用した背景も。それにしても、宮崎氏も、半藤氏も、元祖オタクだな。日本人らしさの一面。
両氏とも、考えていること、訴えていることは分かる反面、やっぱり、老々談義にとどまっていてよいのかという疑問ももたげる。映画はヒットしているものの、この清談は、やはり浮世離れと受け止められるであろうことが、わが国の現在ってことか。
映画で次に気になったのが、アラスカという菓子。こちらの謎解きのヒントは未収穫のままであった。
2日、ベネチア国際映画祭発で、宮崎監督の引退意向報道が。まあ、以上の理由で驚かないけどね。スタジオジプリの戦略??6日に都内で会見するとのことだが、喫煙描出とアラスカ、聞きただしてくれる記者がいるかが気がかり。

「風立ちぬ」の評価メモ
【自己満足度】=★★★☆☆
※大ヒット作なので自己満足度のみで

◆追記◆
主題歌、荒井由実の「ひこうき雲」は私の世代にとって、格別に思い入れのある曲。アナログ音源だそう。自身、レコードを買えるようになったころでもあったし。さて、世代の異なる方々はいかに聞いたか。海外上映、歌詞がストレートに伝わらないのが惜しいところ。
◆さらに追記◆
6日の宮崎氏の会見と、7~8日かけて五輪招致のプレゼンと首相会見などの対照。記憶にとどめねばである。宮崎氏は朝日新聞デジタルでの会見全容を拝見、「老い」を筆頭に前述の映画・対談本で感じたままだったが、分かりづらい部分もあったな。安倍首相の国内では聞いことがない言説は何であったのか?そう、「紅の豚」もヘビー・スモーカーであったね。こちらの方が、よりお子様メニューといえるが、今般のリアクションは影響力の拡大、受け取る社会状況の変化ということか。(2013/09/08)

2013年7月25日木曜日

♪マン・オブ・コンスタント・ソロウ

『アメリカン・ルーツ・ミュージック ディスクでたどるアメリカ音楽史』(著者・奥和弘氏)に触発されて、手持ちCDのニューポート・フォーク・フェスを聴き直したくなり、1960年盤から。やぱり、ニュー・ロスト・シティ・ランブラーズ(The New Lost City Ramblers)、よい感じ、もうちょい聴きたい。課題①。初回の1959年盤には、もっと収録されていたか。
盤中、マイク・シーガー(Mike Seeger)の単独クレジットになっているが、「ザ・マン・オブ・コンスタント・ソロウ」を再発見。うまい歌唱ではないがシンプルでグッドな別れ歌。そういえば、ボブ・ディラン(Bob Dylan)も、ほぼ同時期のデビュー・アルバム(1962年)でカバーしていたな。ディランはスタンリー・ブラザーズ(The Stanley Brothers)好きなだけに,、その流れか。
この曲、コーエン兄弟の「オー・ブラザー!」(2000)でクローズ・アップされた印象が強い(2013/05/10)が、中興の時期ってことかな。その後のその他バージョンは、ほぼ思い当たらず。課題②である(ヒント『アンソロジー・オブ・アメリカン・フォーク・ミュージック』、2014/09/28)。

◆追記◆
ボブ・ディランのパフォーマンスを『ノー・ディレクション・ホーム:サウンドトラック(ザ・ブートレッグ・シリーズ第7集)』(2005年)を引っ張り出して聴いてみる。収録は1963年のTV出演時のもの、デビュー・アルバムと同じスタイルで、ギターとハーモニカ、やはり、ディラン臭の強い演奏であった。ハーモニカの抑揚と独特の節回しに懐かしさというようりも、フォーク・リバイバルとして新しい音楽の胎動のワクワク感がよみがえる。
その後、探索してみて、歌詞の言い換えといったバージョン・チューニングはあるものの、ディランのちょっと前かほぼ同時期には、ジョーン・バエズ(Joan Baez)、ジュディ・コリンズ(Judy Collins)、PPM(Peter, Paul and Mary)らの録音があることも分かった。してみると、フォーク・リバイバルを象徴する楽曲の一つといえるのかも。

2013年7月18日木曜日

ソングスター!?だったのか。

奥和弘氏の『アメリカン・ルーツ・ミュージック ディスクでたどるアメリカ音楽史』で、的を射たコンセプトを教えていただたのが「ソングスター」。奴隷解放による黒人の流動化を経てブルースが成立する以前のこと、概ね19世紀末までは、意外(?)にも白人と黒人に音楽の隔たりは際立っていなくて、フォーク、バラッド、ミンストレル、あるいはゴスペルなど共通のレパートリー(コモンストック)が相互に担われていて、その歌い手を指す語彙なのだそう。ミシシッピ・ジョン・ハート(Mississippi John Hurt)、レッドベリー(Leaddbelly)らはこの系譜の末裔に当たるという。なるほど、確かにスッキリした気になる。
あるいは、この間聴いてきた、ファリー・ルイス(Furry Lewis)、ロバート・ウィルキンス(Robert Wilkins)、ブラック・エース(Black Ace)、あるいは、フレッド・マクダウェル(Fred McDowell)も含めたカントリー・ブルース・ジャンルは、かぶっているなぁとよぎる。件の「ホエン・アイ・レイ・マイ・バーデン・ダウン」「グローリー、グローリー」「サークル・ビー・アンブロークン」とバリエーションが広がった源の様相が少し見えた気もする。白人、黒人ともに歌われるゴスペルでは、やはり「ファザー・アロング」、確かにソングスター・コモンストックとしてフィットすると思う。

2013年7月10日水曜日

ストリング・バンド?って、、、

先日、久々に書店へと足が向き、店頭にて『アメリカン・ルーツ・ミュージック 楽器と音楽の旅』でお世話になった奥和弘氏の新刊『アメリカン・ルーツ・ミュージック ディスクでたどるアメリカ音楽史』に遭遇、これはと得心して購入し早速ななめに通読。各種の楽器演奏に親しまれている著者ならではの嗜好が表れているというべきか、氏自身、巻頭で早々に宣言されているように、「ストリング・バンドの系譜をたどうような」ディスク選考と解説が付されているのが特長で、私ら一般邦人には新鮮な面白みのあるところ。コンテンポラリーのカントリー・ミュージックからは遠く、ブルーグラスはライン上といった感じか。
とはいっても、ボブ・ディラン評価には共通の認識を感じたり、最近思い起こしたウディ・ガスリーの「トム・ジョード」(2013/03/24)につながる、ブルース・スプリングスティーンの関連アルバム(1995年)を教えていただいたりと、私のツボを刺激する論説が多々。ルーツ巡りの旅、まだまだ、未踏の領域が広すぎると圧倒されてしまう。とりあえず、この書籍、あらためて精読へ。

『アメリカン・ルーツ・ミュージック ディスクでたどるアメリカ音楽史』の評価メモ
【自己満足度】=★★★★☆
【お勧め度】=★★★★☆
※とはいっても、一般の邦人洋楽ファンはどう受け止めるか、やや難しく、興味のあるところ。

2013年5月10日金曜日

「オー・ブラザー!」を聴き直す

ルーツ・ミュージックたどりの旅程検証ということで、コーエン兄弟「オー・ブラザー!」(2000)サントラ盤を聴き直す。もともとお気に入りのアルバムながら、「ユー・アー・マイ・サンシャイン」「キープ・オン・ザ・サニー・サイド」「イン・ザ・ジェイルハウス・ナウ」などを除くと、採用楽曲はレア・コア系かと思っていたが、やはり、アラン・ローマックス、カーター・ファミリー、スタンリー・ブラザーズ関連の業績後継による歌唱の数々が収められていて、あらためて聴き入ってしまった。T=ボーン・バーネットがプロデュース、21世紀に向けたルーツ・ミュージック・リバイバルの嚆矢であったことは確かだと思う。
個人的な発見と再認識。は映画のグラウンド・テーマ・ミュージックともいえる「アイ・アム・ア・マン・オブ・コンスタント・ソロウ」、トラディショナル・フォークだそうだが、スタンリー・ブラザーズの録音が知られる。そして、ボブ・ディランが1962年のデビュー・アルバムで取り上げていたとと。ピーソール・シスターズが歌う「イン・ザ・ハイウェイズ」はメイベル・カーター作だったこと。昨年入手したアニタ・カーターのCDに収録されいたが、メイベル本人のは聴いた記憶がないなぁ。スタンリーズの弟ラルフのトラディショナル歌唱「オー・デス」も昨年の新刊本『the Carter Family : Don't Forget This Song 』(著作:Frank M. Young/David Lasky)の付録CDで、カーター・ファミリー・バージョンをみつけてしまった。メキシコ国境ラジオ局時代の録音らしい。「エンジェル・バンド」もスタンリー・ブラザーズ、カーター・ファミリーともに録音のある、より以前から歌われていたゆかしい香りの讃美歌。ギリアン・ウェルチとアリソン・クラウスの「アイル・フライ・アウェイ」はグルーグラス・フォーク調の心地よいアレンジ。思い出されるのはロイ・エイカフのバージョンだが、カントリー界では現在も、まま耳にするスタンダードか。
 などなど、映像ドラマとの相乗効果狙いもあるのか、あらためて、カントリー・ゴスペル、スピリチュアル範疇が多いことにも感心する。

◆追記◆
♪エンジェル・バンド(2013/05/20)
♪マン・オブ・コンスタント・ソロウ(2013/07/25)
「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」(2014/06/19)
T=ボーン・バーネットつながり(2014/07/08)
「貧者ラザロ」で、たどってみる(2014/11/26)

2013年2月4日月曜日

ルーツをたどり、レスリー・リドルへ

渉歴のいきがかりで、『ロックを生んだアメリカ南部 ルーツ・ミュージックの文化的背景』(著者・ジェームズ・M・バーダマン、村田薫両氏)も読み通す。アメリカン・ルーツ・ミュージックを説いた本邦の書籍としては、私のひっかかりに丁寧に答えていただいた内容と満足してしまった。タイトルにあるロックとは、エルヴィスとディランに収斂させたキャッチな論考で、実際には「ロックを生んだ」の部分を削った書名が相当と受け止められる。個人的には、ほぼこの2年くらいの嗜好音盤に即して、①スピリチュアルとゴスペルを巡る黒人、白人それぞれの成り立ちと交歓の様子②アパラチアに根付いたバラッドの特性―等の周辺解説には納得。南北戦争後の歴史経過と地勢を踏まえた、ミシシッピ・デルタでのブルース、ニューオリンズでのジャズ誕生の描出然りである。
この書籍の論考が有益と感じたのは、読者は日本人と想定された噛み砕いた記述、共著者がジャンル音楽の専門家ではないゼネラルな人文学者、かつ一人は同地の出身であることで、キリスト教各派の成り立ちや人種や階層構成といった文化的背景を語るバックボーンが確かなことによる。
そう、カントリー・ミュージックのルーツ、カーター・ファミリーの音楽には、歌集めやギター・テクニックの手本として黒人のギター弾き、レスリー・リドル(Lesley Riddle)の貢献が大きいのでした。手持ち文献を参照してみると、レスリー、隻脚でつま弾く手指も2本失っていることに、あらためて驚く。深南部でないとはいえA.P.、カーター・ファミリーとレスリーの人間関係も。

『ロックを生んだアメリカ南部 ルーツ・ミュージックの文化的背景』の評価メモ
【自己満足度】=★★★★★
【お勧め度】=★★★★★
※これも新刊でなく、2006年の出版。

◆追記◆
♪ジョン・ヘンリー(2014/11/03)

2013年1月28日月曜日

《明治演劇史》も読む

『明治演劇史』(著者・渡辺保氏、2012・11)も朝日新聞の書評掲載直前に読了(日経はしばらくく前に載っていた)。この書が史論として成り立つのは、著者がエピローグで提示しているように、①急激な近代化②強く推し進められた天皇制③三度にわたる戦争の体験―の3の視座をもって明治の演劇が説かれる姿勢が貫かれていることによる。3つの視座はそれぞれ、政治史のテーマであること、演劇芸能とその関わりが明朗に描写されていることに、あらためて目を開かせられる。
歌舞伎の九代目・市川団十郎、人形浄瑠璃の摂津大掾、あるいは、新演劇の川上音二郎といったキーパーソンへのフォーカス、あるいは新しい演劇の胎動や「能楽」誕生の描写も興味深く読めた。「壮士芝居」程度の認識だった川上音二郎の人物像と生き様に接近できたのは、今回が初めてだったかも。あたりまえのことだが、この時代、動画・記録映像は残されていなく、劇評をはじめとした文字アーカーブと写真、著者の観劇キャリアを基に史論が組まれている。メディア機能に大きな役割を果たした演劇、このあと、映画が隆盛する時代に突入する時代についても、演劇・映画史論を聴きたいとも思った。

『明治演劇史』の評価メモ
【自己満足度】=★★★★☆
【お勧め度】=★★★☆☆

2013年1月19日土曜日

《昭和演劇大全集》を読む

『昭和演劇大全集』(2012・12)を読み通してしまって、ひとしきりの満足。2007年4月から2年ほど、NHK‐BSによる同名の舞台放映番組の案内人、渡辺保高泉淳子の両氏による対談採録・編集本である。概ね、高泉氏が聞き手役として、放映する演劇の解題とその歴史背景に関する渡辺氏の発言、問答が毎回30分程度収録されていた。その対談が妙に面白くて、当初は観たい演目だけチェックしていたが、結局はほとんどを録画して視聴することに。
映画に軸足がある人間の私は、都会文化?身体性とライブ感の優位?など、演劇人とその文化には妙なコンプレックスを感じていただけに、史的視座から演劇を学ぶ機会を与えてくれた示唆に富む対談、よい番組であったと思う。
あらためて、個人的な面白さの度合いは、ほぼ同世代で地方出身者いった高泉氏との共通基盤が多いことによる共鳴によるもの。東宝で演劇製作を仕事にしていたキャリアにもまして、古典劇・現代劇、双方に関する知見が厚く、批評眼と批評言質が確かな渡辺氏の率直な言葉によってまた増幅された。演劇には、まだまだ評論が成り立っているんだとも思ったりも。本当は、渡辺氏の『明治演劇史』が刊行されたと知り、書店でみつけて合わせて購入、昭和を先に読んでしまった次第。
あと、舞台上演やTV中継の映像化・保存という技術革新過程での経緯。そう、TV放送開始しばらくは確かに劇場中継が多かったような記憶がかすかにあるな。録画テープが比較的安価にな1980年前後までは、せっかくの放映は行われていても安定して保存を残すことができなかったなんて、、、今は昔、隔世の感、、、、。惜しいに尽きる。一方で、NHKも2011年度の放送波・番組再編で、舞台・芝居物が著しく減少しているのも残念。

『昭和演劇大全集』の評価メモ
【自己満足度】=★★★★★
※対談を読んで、また、舞台を観たいという気にもなるが、さて、録画ストックはすべてビデオテープ。デジタル化、ディスクに慣れた現在は、ちよっとセッテイングなど腰が重いが、、、。
【お勧め度】=★★★★☆
※昭和の映画をある程度好んで観ている方には、お勧め。戯曲や原作文学の同根、舞台の映画化など共通演目はもちろん、映画でも活躍した多くの役者の出自とバックボーンが見えてきますし。


2013年1月12日土曜日

《ロバート・ジョンソンを読む》


『ミシシッピ・ブルース・トレイル ブルース街道を巡る旅』と一緒に購入してしまったのが、『RL―ロバート・ジョンスンを読む アメリカ南部が生んだブルース超人』(著者・日暮泰文氏)。元来、ブルースはレコードで聴いていなく、ロバート・ジョンソン(Robert Johnson)もコンプリート版CDは、とりあえず置いてある程度だったので、2年近く前の初刷発売時には、敷居が高かったのは確か。
今回手にしてみて、志を持ったカントリー・ブルース傾聴へのアプローチとして、そこからモダンなブルースへの飛翔が学習できたのが大きな成果。RLの評伝や全曲解説に、Pヴァイン創業などの著者のキャリアと才気が表れているが、基礎資料と想像力を基に構成された小説風の足跡再現は、楽しい読み物であった。ニューポート・フォーク・フェスティバルへの主演!!!等が活写されるなんてである。とりわけ、「クロスロード伝説」を巡る濃厚な論考では、ロマンに陥ることなくディテールの積み重ねで伝説の成り立つ可能性を示唆してくれていることに好感し共感した。
メンフィスからジャクソンにかけてのデルタ地方「RLランブリン・マップ」も収載、現地歩きの叙述は、一般旅行本である『ミシシッピ・ブルース・トレイル ブルース街道を巡る旅』と対極。ミシシッピ・ブルース・トレイルは良きつけ悪しきにつけ、あくまで観光振興の文化プロジェクトであったなど、両方読んでみて感じる部分に意味を見つけることもできた。

『RL―ロバート・ジョンスンを読む アメリカ南部が生んだブルース超人』の評価メモ
【自己満足度】=★★★★★
※RL生誕100年にあたる2011年の出版で、新刊ではないですが。