2014年6月19日木曜日

「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」

あやうく見逃すところだった。ジョエル&イーサン・コーエン監督の新作、モデルにしたのはデイヴ・ヴァン・ロンクだっんだね。「インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌」、ちょうどボブ・ディランの初期の楽曲を聴き重ねていた私にとってセレンディピティな幸せ。まさにエンディング、グリニッジ・ヴィレッジのカフェで主演者の演奏と入れ替わりでディランとおぼしきパフォーマーが「フェアウェル」ディランの♪フェアウェル、2014/06/01)を歌い出しエンドロールにつながっていく(サウンドトラックはディラン)!!!
現在進行形でお気に入りのキャリー・マリガンが出ているもの多幸感が膨らむ。白い美しい肌、ルーウィン・デイヴィスとの悪態のやりとりでは演技の幅に感心しつつ。
ニューヨークという大都会の1961年、文化人やインテリゲンチャの関心の高まりがあってか、音楽ジャンルの中でもフォークは「金になりそう」な風向きの予感がただよい始めたころ、海員上がりで好きな音楽で生計を立てようと奮闘する男の生活のありさま、彼のガールフレンドや大学教授ら交友関係のキャラクター、この都会においてアパラチアの音楽と演奏者に対するアンビヴァレントなリアクション、、、コーエン兄弟が描出した映像はどれにも興味を引き付けられた。特に、私見では民衆音楽としてのフォークと、過度に商業化した音楽の大量消費時代突入の分かれ目のエピソードとしての意味合いにおいて。わが国と対比してみると見えてくるものもあったり。
「フェアウェル」、航海で旅立つ惜別ソングということでシンクロ効果もあり。しかし日本語表記としては「フェリウェル」というの方が適当か(そう聞こえる)。
映画のタイトルはデイブ・ヴァン・ロンク自身のアルバム・タイトルにちなんでっていう感じか?まあ、設定とプロットはリセットし直した創作としても、デイブ・ヴァン・ロンクディランの師匠筋だと思っていたのだが、マーティン・スコセッシの映画やロンクディランそれぞれの自伝で、また、2人の関係をたどりたくなった。例の「ヒー・ワズ・ア・フレンド・オブ・マイン」(〈ブロークバック・マウンテン〉を聴いてみる、2013/10/06とかも含めてね。
音楽は「オー・ブラザー!」(2000)でルーツ・ミュージックの新たなリバイバルをもたらした、T=ボーン・バーネットのプロデュースで(「オー・ブラザー!」を聴き直す、2013/05/10)、今回も相性のよさが発揮されている。ここにも聴き解く楽しみがあり。サントラ盤、どうしようか。

インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌」の評価メモ
【自己満足度】=★★★★☆
【お勧め度】=★★★☆☆

◆追記◆
ディスクをっ引っ張り出して、「ノー・ディレクション・ホーム」(マーティン・スコセッシ監督、2005)を観直してみる。インタビュイーらの立ち位置と発言内容、シチュエーションへの理解が進んできたと思う。この映画自体、多大なドキュメンタリー映画等の映像で再構成されているので、「アイム・ノット・ゼア」(トッド・ヘインズ監督、2007)を観た時に感じるデジャヴの誘因と思い当たる。デイブ・ヴァン・ロンクのインタビューはそこそこの分量が採用されているが、やはり、面白かったのは、ロンクが持ち歌としていた「朝日のあたる家」の我流コードを、ディランが初めてのレコード録音の際、借用を申し入れたものの断った、云々という件。収集・評論家からのレコード持ち出し事件といい、ディラン、そんなに忌み嫌われ憎まれているわけでもない。「ヒー・ワズ・ア・フレンド・オブ・マイン」ロンク・パフォーマンスの映像引用があったが、楽曲とディランの演奏についての言及はなかった。
同じく直接の説明はないけど、「アイラ・ヘイズのバラッド」♪アイラ・ヘイズのバラッド、2013/08/28)が作者のピーター・ラファージ自身による演奏のさわり映像も収録されていた。あらためて調べてみると、この楽曲のディラン版は1973年リリースのアルバム『ディラン』収載で録音は1970年ころらしい。「はげしい雨が降る」を巡るやりとりは、スタッズ・ターケルのラジオ番組に同じ。(2014/06/20)

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