2012年6月16日土曜日

「ソウル・サーファー」

キャリー・アンダーウッドが出演していると知り、にわかカントリーファンとして、それだけの理由で「ソウル・サーファー」(ショーン・マクナマラ監督、2011)を鑑賞。「ファミリー・ツリー」に次ぐ今年2本目のハワイもので、サウンドトラックも結構、期待していたが、キャリーの歌唱がない(たぶん)のは残念、まあ、その辺りはそこそこであったか。それで、キャリーはサーフィンするの?って予断は、主役のサーファー少女と親しい宗教活動者(preacherっていうのかな?)役ということで、納得。
さて、映画は予告編通りの、サメに左腕を奪われた隻腕少女サーファーの実話に基づいた復活劇以外の何物でもない。コンピューターグラフィックスを除く映画技法やシナリオ構成に、特段のハイクオリティや工夫、意外性は感じられないものの、モチベーションを大いに刺激する感動作に仕上がっていて、お買い得感があった。推奨リスト入りである。
主役を演じたアナソフィア・ロブは演技にも増して、顔構えが意思を体現していること、クリスチャニティに裏打ちされた心性が、あまたのスポーツ系感動ヒューマンドラマに比して、落ち着きと深味を与えていたと思う。もっとも、この心性、キリスト教に特有という訳ではありませんが。

「ソウル・サーファー」の評価メモ
【自己満足度】=★★★★★
【お勧め度】=★★★★★

2012年6月14日木曜日

「少年と自転車」

ファレリー、コーエン、タヴィアーニ、ウォシャウスキーときて、私の好みからは最も遠い作風の兄弟共同監督、ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌの「少年と自転車」(2011)。欧州にあって、底辺層、特に社会的なハンディキャップを抱えた人々を描写する姿勢が嫌いな訳ではない。彼らへの眼差しには優しさがあるものの、ユーモアに欠ける語り口に齟齬があるのかな。
痛み分けとも受け取れ、不安を払拭しきれない「少年と自転車」の幕切れは、巧みな選択と思う。一方、親にネグレクトされた少年の心理と行動の痛さ強調が昇華することになる、里親で美容師役、セシル・ドゥ・フランスの心の移ろいを表現して欲しかったというのが感想。

「少年と自転車」の評価メモ
【自己満足度】=★★★☆☆
【お勧め度】=★★★☆☆

2012年6月12日火曜日

「幸せへのキセキ」

キャメロン・クロウ監督、かなり久々の新作で「幸せへのキセキ」(2011)。原題は「WE BOUGHT A ZOO」とストレート、この邦題はどうか思う。原作に基づいたストーリーはともかく、音楽ライター出身のクロウ作品は、サウンドトラック、挿入歌群が楽しくシブイ。妻を病で失ったマット・デイモン演じる突撃報道作家一家の長男の名前に「ディラン」と付しているのも遊び心。ちゃんと、ボブ・ディランの歌唱も採用されていたし。音楽担当はシガー・ロス(Sigur Ros)のヨンシー(Jonsi)となっていた。北欧・アイスランド系?
クロウ監督のもう一つの持ち味、少年心の描出も上々の出来、大人目線では、飼育員役、スカーレット・ヨハンソンをクロース・アップ連続でとは、観客サービスであったか。

「幸せへのキセキ」の評価メモ
【自己満足度】=★★★☆☆
【お勧め度】=★★★★★

2012年6月10日日曜日

〈クレイジー・ハート〉

「カントリー・ストロング」(シャナ・フェステ監督、2010)続きで、その姉妹編ともいえる「クレイジー・ハート」(スコット・クーパー監督、2009)のサンウンドトラック盤も再聴。ジェフ・ブリッジス、コリン・ファレルら出演者自身によるパフォーマンスと、コンテンポラリー+歴史的録音もほどよく採用され、いわば、コンピレーションアルバムとして心地よく聞ける。
ルーヴィン・ブラザーズ(The Louvin Brothers)、デルモア・ブラザーズ(The Delmore Brothers)の兄弟デュオも気が利いていると思いつつ、今回の再発見はキティ・ウェルズ(Kitty Wells)。カントリー・ホンクというよりも、バラード?しっとり系の「サーチング(フォー・サムワン・ライク・ユー)」の歌唱で印象的で、劇中の場面は思い出せず、映画の再視聴もしたくなる。
音楽担当はカントリー映画ではお馴染となったT=ボーン・バーネット と、スティーブン・ブルトン。

2012年6月6日水曜日

「私が、生きる肌」

「オール・アバウト・マイ・マザー」(1998)以来、ほとんどの新作が本邦でも公開され、その質の高さには納得させられるスペイン人監督、ペドロ・アルモドバルの2011年製作「私が、生きる肌」。安部公房原作の「他人の顔」(勅使河原宏監督、1966)やキム・ギドク監督の「絶対の愛」(2006)などを思い出させる着想であるが、提示されたのはアルモドバル・ワールドそのもの。映像美、何よりもエレナ・アナヤの姿態に憑依されしまい、結末を予想する思考が働かないほど、時の経過を忘れさせてくれる。
審美センスに長けたアルモドバルの創作は、自身の性的嗜好が独特の色合いを醸していると思う。旧作では「真摯な性愛」として語りうる範疇がほとんどであったが、今回は、ジェンダーではなくセックスのトランスが織り込まれたことで、性愛は幻想に帰着したかにも受け取れる。
あいかわらず、音楽も秀逸。この間のアルモドバル作品は、基本的にアルベルト・イグレシアスが音楽担当。「トーク・トゥー・ハー」(2002)では、カエターノ・ヴェローゾのフィーチャー、劇中歌唱があったけど、今回の結婚パーティーシーンの黒人女性歌手も、なかなか。
あと、たまたま同日に観た「裏切りのサーカス」(トーマス・アルフレッドソン監督、2011)の音楽もアルベルト・イグレシアスだった。そうか、めずらしくサントラ盤まで買った「ナイロビの蜂」(フェルナンド・メイレレス監督、2005)もそう。調べてみるもんです。
調べて分かったこと、もう一つ。「私が、生きる肌」にアントニオ・バンデラスの主演(なかなかの好演)は意外と思っていたが、アルモドバルと旧知の関係だったとは。初期のアルモドバルも観てみたい、、、である。

「私が、生きる肌」の評価メモ
【自己満足度】=★★★★★
【お勧め度】=★★★★☆

2012年6月2日土曜日

「ルート・アイリシュ」

イラクの現況と軍事分野の民営化という、わが国の国民意識からは相当、離れているかに思われる主題を扱ったケン・ローチ監督の「ルート・アイリッシュ」(2010)。一貫して労働者層の視点で描き続けたローチ作品で、イギリスは階級社会であることを再認識してきた。(資本主義)社会の歪みを提起する語り口は、必ずしも幸せや救済に帰結しないが、今回は、友の仇討劇として、「一般受け」はしないであろう陰鬱な印象を残すドラマを提示してくれた。
ほとんどスターダムの俳優が出演しないローチ映画の演出には、ヒューマニティ、とりわけ、優しさの描出に特色がある。「ルート・アイリッシュ」では、提示した問題の迷宮に入り込むにつれ、リベンジを画策する男の怒りとバイオレンスが増幅していく。これが現実、イラクの、欧州のジレンマということか。ウディ・アレンと、ほぼ同世代でのケン・ローチ、老境のあり方では好対照の表現であった。ローチ作品の脚本は、概ねポール・ラヴァーティが仕事しているってこともあるのかな。
「宇宙開発も民間で」が現在進行形。軍事分野に限らず、グローバリゼーションと新自由主義の下での「官卑民尊イデオロギー」っていうのも気にしたい昨今である。

「ルート・アイリッシュ」の評価メモ
【自己満足度】=★★★★☆
【お勧め度】=★★★☆☆

2012年6月1日金曜日

「ル・アーヴルの靴みがき」

「ル・アーヴルの靴みがき」(2011)、アキ・カウリスマキ監督作品では何年かぶりの長編。こちらも、カウリスマキ節は健在、小津安二郎に学んだと思われるショット、カットつなぎは、相当の冴えをみせている。この映画の広報・キャチフレーズは「心をみがけば、奇跡はおこる」で、鑑賞後感は、ちょっと旧作群と異なるところに一考を要する。
底辺生活を送る主人公・靴みがきや不法移民といったシビアな要素をプロットに据えながら、暮らしと小コミュニティの人間関係を描き、希望を提示した人情喜劇にまとめたところが時代へのメッセージ。ウディ・アレンの表現とは違っているが、両者の方向性は支持したい気分だ。両監督とも、ほとんどの作品が人間生理に見合った上映時間にまとめられているのも、テンポよし、心地よくエンディングを迎えられる理由と思う。
表現をシンクロする手法としての音楽もアレン同様に、独特の色合いを出している。もっとも、カウリスマキの世代は私と近く、ロックのスピリッツに共感部分があるものの、奇妙でクールな仕様にらしさがある。「レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ」(1989)などといった奇天烈なバンド描いた作品もあった。自らの嗜好なのが、フィンランド人の嗜好なのか、映画表現として意図しているのかは分からないが。

「ル・アーヴルの靴みがき」の評価メモ
【自己満足度】=★★★★☆
【お勧め度】=★★★★☆