2015年3月24日火曜日

イワン・マッコール&ペギー・シーガー

スコットランド民謡、「マッサン」の流れできて(♪ウォーター・イズ・ワイド、2015/02/14)、イワン・マッコール(Ewan MacColl)の4枚組み廉価盤CD集にたどり着く。何故かボリューム2から聴き始め、シック・クラシック・アルバムと題された『コーラス・フロム・ザ・ガロウズ』(1960年)、『ポピュラー・スコッチ・ソングス』(1960年)、『ソングス・ツー・レベリオンズ、ジャコバイト・ウォーズ1715&1745』(1960年)、『ツー・ウェイ・トリップ』(1961年)、『ブロードサイド・バラッズ第1集&第2集』(1962年)の5件6枚のアルバム群、CDパッケージ等に表記はないけど、これらは何と、トラディショナル・フォーク界のゴールデン・カップル、妻のペギー・シーガー(Peggy Seeger)とのコラボレーションものだったので、思わぬ感激。とりわけ『ツー・ウェイ・トリップ』は、ペギーが前面に出ているし。
バラッド歌唱の神髄というか、あくまでも歌、ボーカルが中心の録音になっていて、これにもまたフィットしてしまう。確かに、アメリカン・フォークの原メロディーと思われる曲は多々あって、また、聴き込んで探り当てていくという課題が増える。「ザ・ウォーター・イズ・ワイド」の源流とされる「ウォーリー、ウォーリー(ウェイル、ウェイル)は素直に元歌として認識できないバージョンだったなぁ。旋律も違っていてねぇ。
その後の探究でチャイルド・バラッドの204番「ジェイミー・ダグラス」「ウォーター・イズ・ワイド」の源流に位置するバリアントであるなど、相当数の派生曲があることを知る。これらの録音も探してみることに。

◆追記◆
イワン・マッコール(Ewan MacColl)の4枚組み廉価盤CD集の第1集のほうには、確かにペギー・シーガー(Peggy Seeger)のクレジットが記載されていた。『ソングス・オブ・ロバート・バーンズ』(1959年)、『クラシック・スコッツ・バラッズ』(1959年)、『ストリーツ・オブ・ソング』(1959年)、『ブロー、ボーイズ、ブロー』(1960年)、『ニュー・ブリテン・ガゼット第1集&第2集』(1960年、1962年)の6枚のクラシックアルバム集。とりわけ、『ニュー・ブリテン・ガゼット第1集&第2集では『ツー・ウェイ・トリップ』同様にペギーの歌声とプレイに引き付けられる。『ニュー・ブリテン・ガゼット第1集収載の「ファイアマンズ・ノット・フォー・ミー」という曲、「ワイルドウッド・フラワー」の源流かと比定される旋律であり。
『ストリーツ・オブ・ソング』ドミニク・ビーハン(Dominic Behan)『ブロー、ボーイズ、ブロー』アルバート・ランカスター・ロイド(Albert Lancaster Lloyd)とのコラボレーション、これまた感激の遭遇である。

2015年3月18日水曜日

「悼む人」よりは「おみおくりの作法」だったね。

構えなく鑑賞して、「悼む人」(堤幸彦監督)よりは「おみおくりの作法」(ウベルト・パゾリーニ監督)の方がすんなり入ってきて、映画作品として完成度が高いものになっていたね。天秤にかけてみたのは、双方、死者のありし人生に想いを寄せ、弔う姿勢を描くことに現代社会のありようにあらがう提起を潜ませていると受け止めているから。個人的な見解ながら、尺数も「おみおくりの作法」はドンピシャ。ハリウッド映画、そして、最近の日本映画は品質とイメージを低下させる2時間超えの踏襲から脱却してほしいとの願いもあり。
「悼む人」は原作の小説に基づいた企画とのことだが、意味づけされた登場人物の多さと、その彼・彼女らキラクター設定、縦横な伏線が埋まっているかに見えるプロット等々が作りもの染みて、意図されたハーモニーに聞こえなかった。椎名桔平と井浦新とかキャスティングは妙にはまっていて芝居は見られるのだけれど。
一方で、「おみおくりの作法」の公私ともに孤独な自治体公務員を通して描出した主演男優劇の静謐なシンプルさにフィットしてしまう。プロットのヒントは「おくりびと」(滝田洋二郎監督、2008年)とか「生きる」(黒澤明監督、1952年)とか、言えなくはないのだけれども。ここでも自らを顧みてシングルライフの行く末に思いを馳せないわけにはいかないのだし。

「悼む人」の評価メモ
【自己満足度】=★★★☆☆
【お勧め度】=★★☆☆☆

おみおくりの作法」の評価メモ
【自己満足度】=★★★★☆
【お勧め度】=★★★★☆

2015年3月15日日曜日

「幕が上がる」から「くちびるに歌を」へ、

これは、幕が上がるところでエンディングだなとは、ドラマに着いていく過程で予測された悪くない予定調和。「ももいろクローバーZ」がなんたるかとか、とりわけ興味はなく、平田オリザの原作、舞台系への目配りがある本広克行監督であるということ、ここ数年、NHKのEテレで「青春舞台」はフォローしていたのを主因に、少々の期待感とともに「幕が上がる」の上映館へと足を運ぶ。
ボーイ・ミーツ・ガールのプロットではないものの、思春期の揺れ動く心を持つ高校生たちが演劇に打ち込む、いわば定番の青春ストーリー。富士山を臨む富士宮市なのか、地方都市の高校生活と空気感、彼女たちの夢・将来は見えてないけど、とにかく伸びしろとエネルギーがある、成長する年ごろである。振り返って自分にも、そんなライフステージがあったのではとのノスタルジーと、今現在、あんな瞬発力は残っていないなぁと、少々の悔しさ。
そうだよね、演劇を志して東京に集う人材群は確かにエネルギッシュ、まあ、音楽や映画なんかも同系でしょうが、ライブの身体勝負、必ずしもビッグマネーを目指していないであろう、演劇界の独特の魅力に、いまだに憧憬を抱いていることを自覚し、登場の女子高校生目線に重ねてしまう。

「幕が上がる」の評価メモ
【自己満足度】=★★★★☆
【お勧め度】=★★★☆☆

◆追記◆
若さに希望、成長への共感という意味では、「くちびるに歌を」(三木孝浩監督)も同系列か。自分ではコントロールできない境遇に悩み「生きていくことの意味」を反芻するテーマとプロットはプログラム・ピクチャーの平均水準、演出や出来上がりに特段の冴えはないものの、合唱部・中学生たちのキャスティングにこそ、この映画の魅力はある。単純にこの年代のかわいさというのと、やっぱり伸びしろだね。もちろん、この企画のベーシックなモーチフになっているアンジェラ・アキの「手紙 ~拝啓 十五の君へ~」という楽曲は活かされいたし。
余談だけど、長崎・五島列島というと、私の世代ではユーミンが荒井由実時代の「瞳を閉じて」を思い出してしまう。確かに海はきれい。(2015/03/20)

「くちびるに歌を」の評価メモ
【自己満足度】=★★★☆☆
【お勧め度】=★★★☆☆