2015年12月31日木曜日

アフターのクリスマス・ソング

わが国ではクリスマス・ソングが街角に流れていて、人々がクリスマス気分なのは、12月25日当日まで。たぶんこれはキリスト教文化ベースの国々とは違っているのではと推測される。通例の分類によるクリスマス・ソングもジーザス・クライスト生誕にまつわる讃美歌が中核なのでしょうが、クリスマス・イブから新年にかけてのホリディ休日や冬シーズンをコンセプトにした楽曲も多々クリスマス・アルバムには収録されているしね。
讃美歌対比では随分と「イスラム」を標榜したテロリズムに翻弄が際立っただけに、心に染みる
歌声にも聞こえた。信仰を語っての、この対立、各々の神は同じ一つの神であったはずではと。
そんな感じで私は年越しをまたいで、クリスマス・アルバムのストックを聴いています。
そんなんで、今季のヘビー・ローテーションはヘイリー・ロレン(Halie Loren)&マット・トレダー(Matt Treder、ピアノ)の『クリスマス・コレクション(Many Times, Many Ways: A Holiday Collection)』で継続中。

2015年11月29日日曜日

遅まきながら、『ア・クリスマス・ギフト・フォー・ユー・フロム・フィル・スペクター』

何故に今までコレクションしていなかったのかと、今シーズンになってフィル・スペクター(Phil Spector)のクリスマス・アルバム『ア・クリスマス・ギフト・フォー・ユー・フロム・フィル・スペクター(1963年)をCDで調達。ロネッツ(The Ronettes)を聴きたかったのが主たる理由、13のトラックのうち、「フロスティ・ザ・スノーマン」「スライ・ライド」「ママがサンタにキスをした」の3曲か。そうか、ダーレン・ラヴ(Darlene Love)はモーガン・ネヴィル監督の2013年製作バックコーラスの歌姫たち」(2014/03/30)でフォーカスが当たっていた主要なボーカリスト。こっちは「ホワイト・クリスマス」など4曲。
前後して、やっぱりドリス・デイ(Doris Day)が聴きたくなって、19曲収載のコンピレーションCDを調達してしまった。この2枚、よき時代のスタンダード中のスタンダードが、時代を経て色褪せないパフォーマンスで歌われているという共通性に気づく。例えばフィル・スペクターのアルバムはジーン・オートリー(Gene Autry)ルーツの3曲「フロスティ・ザ・スノーマン」「サンタ・クロースがやってくる」「赤鼻のトナカイ」を網羅しているとかね。それぞれ、さまざまなバージョンを聴いているのに、あらためて感心。
生活に疲弊気味なので、これらを癒しと糧に。

2015年10月19日月曜日

〈メリダとおそろしの森〉のシンガーは?

ピクサー製作、ディズニー配給の「メリダとおそろしの森」(マーク・アンドリュース&ブレンダ・チャップマン監督、2012)をBS放映の録画ストックから過日の鑑賞。ピクサー作品にしては、わが国では、さして話題にならなかった部類か。中世欧州の童話風ストーリー。ルーツ・ミュージック続きで来ていたので、オープニング・テーマの「タッチ・ザ・スカイ」に反応してしまう。よい感じ(この部分もね、本邦では全く関心がないようで)。エンドロールを見て調べてみるに歌唱は、ゲール語コミュニティで育ったという若手スコティッシュ・フォーク・シンガーのジュリー・ファリウス。もう1曲「イントゥ・ジ・オープン・エア」とうのもあり。この2曲含め、サウンドトラックは、やはりスコットランド出身のパトリック・ドイルの作曲ということらしい。
ジュリー・ファウリス、記憶にとどめておくためのメモ。

2015年10月11日日曜日

「歌追い人」にインスパイアされたコンピレーション・アルバム

いわゆるサウンドトラック盤といのではなくて、映画の世界をモチーフにした楽曲集ということで、DVD視聴(〈歌追い人〉、2015/08/27)していた「ソングキャッチャー~歌追い人」(マギー・グリーンウォルド監督、2000)のVA参加による16トラックのコンピレーションCD『ソングキャッチャー』(2001年)を、ここのところヘビー・ローテーション。
映画では主としてテーマ楽曲に当てられている「バーバラ・アレン」は出演しているエミー・ロッサム(Emmy Rossum)の歌唱やエンディングのエミルウ・ハリス(Emmylou Harris)のパフォーマンス、あるいは、音楽担当のデヴィッド・マンスフィールド(David Mansfield)のスコア演奏はサウンドトラックに準じて収載。エミーはアカペラ歌唱、エミルウはモダンなアレンジ演奏を施してというコントラストもよい。ロザンヌ・キャッシュ(Rosanne Cash)、パティ・ラブレス(Patty Loveless)、サラ・エヴァンス(Sara Evans)ら、マイ・フェイバリットなカントリー界本流の女流シンガー面々のバラッドとそのリスペクト創作曲の歌唱が聴けるというのだから引き付けられる。あらためて、ドリー・パートン(Dolly Parton)とエミー・ロッサム「ホエン・ラブ・イズ・ニュー」は秀逸だな。ブラザーズものに限らず、カントリー歌唱の伝統をディオに見たり。ドリーのバランス感覚、うまさが光る。

◆追記◆
『ソングキャッチャーⅡ』(2002年)は、ルーツミュージックを録音した先達の面々によるコンピレーションCD。17のトラック、土着的で地味ともいえるが、これがまた心に染み入ってしまう。例えば、「オー・ブラザー!」(ジョエル・コーエン監督、2000)で掘り起こされた感のある、「オー、デス」は、ドック・ボッグス(Dog Boggs)の熟成度。アルメダ・リドル(Almeda Riddle)、ドク・ワトソン(Doc Watoson)、カズン・エミー(Cousin Emmy)、ロスコー・ホーコム(Roscoe Holcomb)、クラレンス・アシュレイ(Clarence Ashley)、メイベル・カーター(Maybelle Catrer)ら重鎮のパフォーマンスに引き付けられる。
楽曲でいくと、「クックー・バード」はⅠでも採用されていた。ドク・ワトソンは3曲あり、「朝日のあたる家」の元歌ともいわれ、まさにブリテン諸島ルーツの「マティ・グローブス」も。「マン・オブ・コンスタント・ソロウ」の女性パフォーマンス版「ガール・オブ・コンスタント・ソロウ」は初めて聴いたかな。この旋律の装いも最近よく聴いていた、どれとも違った耳ざわり。演者はサラ・オーガン・ガニング(Sarah Ogan Gunning)のクレジット。

2015年9月12日土曜日

「ラブ&マーシー 終わらないメロディー」

スタジオ志向の音楽家?、実はそんなに詳しく知らなかったブライアン・ウィルソン。こんなことになっていたの、と教えてくれた、ビル・ポーラッド監督の「ラブ&マーシー 終わらないメロディー」。わが道の製作を邁進する1960年代をポール・ダノ、不審な医療監視生活を過ごす1980年代をジョン・キューザックが演じた二つの時制のプロット構成、トラウマというかコンプレックスというか精神世界の揺らぎからアプローチ、映像で見せる解題は映画ならではのテイスト。音楽映画・ミュージカルには共通性があり「ジャージー・ボーイズ」(クリント・イーストウッド監督、2014)なんかも、この部分がうまく描けるかが、出来を左右しているのだろう。ハリウッドならではの音楽パフォーマンス・シーンの再現力も優れ、及第点だと思う。
それにしても、音楽オタクとしてのポール・ダノ、快演なのか、はまっているね。

「ラブ&マーシー 終わらないメロディー」の評価メモ
【自己満足度】=★★★★☆
【お勧め度】=★★★☆☆

2015年8月30日日曜日

「日本のいちばん長い日」

終戦後70年を経た夏でもあるし8月のうちにと心して、原田眞人監督・脚本の「日本のいちばん長い日」。これはね、海軍出身の鈴木貫太郎・内閣総理大臣と阿南惟幾・陸軍大臣、それにクーデターを謀る畑中健二・陸軍少佐の主として3人に焦点を当てたプロット構成で、特に前の2者は家族の生活を描くきキャラクターを際立たせる演出によるヒロイズムの語り口で、一定程度、幅広い客層に媚びたエンターテイメント性を確保している。実際、山﨑勉、役所広司の両優も快演である。ヒロイズといえば、当然、そこに昭和天皇を加えてた観方も成り立つ。映画作品の出来として、それがよかったのか、悪かったのかは、まだ、判断できていない。ただ、やっぱり、自分より若い戦後世代には「つかみ」として、観ていただきたい映画であるとは思った。昭和天皇による8月15日の玉音放送は録音盤によって行われた、ポツダム宣言・終戦受諾を容易に受け入れない軍部の動きが多々あった、実際に玉音盤奪取の危機もあった――などは、「教科書に書いてない歴史」で、55歳の私も実は岡本喜八監督版の「日本のいちばん長い日」(1967)を観て認識した。初見は30代、そこそこ遅かったのだが。
雑誌のコメンテーターの映画寸評の中に「オリジナルを見直したくなった」みたいのがあったが、そもそも史実に取材、証言を集めた半藤―利氏のドキュメンタリーが原作なんで、「岡本監督版のリメイク」との余念はバイアスではと思ったり。
あと、将校ら日本軍の論理の諸相、あるいは「国体護持」の如何、これも冷静な議論を聞いてみたくもあり。

「日本のいちばん長い日」の評価メモ
【自己満足度】=★★★★☆
【お勧め度】=★★★★★
※たぶん、「自己満足度」より「お勧め度」の★が多くなったの本作が初めて。

2015年8月27日木曜日

〈歌追い人〉

DVDにて待望の「ソングキャッチャー~歌追い人」(マギー・グリーンウォルド監督、2000)を拝見。通俗なエンターテイメントというよりは、私らルーツ・ミュージックに興味を抱くものの関心度合いをくすぐるテーマ性を据えた、女流監督の脚本による作家性の色濃い作品であった。
1907年の時代設定で、旧態依然であった当時の大学アカデミズムの世界では活躍の場が限られていた女性の音楽研究者が、ノースカロライナ州のアパラチア山中での村暮らしへと転じる。ブリテン諸島から移植され、都会に顕著な社会の近代化の影で歌い継がれてきたバラッドの数々に出会い、録音、楽譜起こしと収集を始めるわけだ。主人公モデルの有無や同定はともかく、それらの行為は確かに営まれて現在につながってきた面は否めない。
録音といっても初期の手法で機材も大がかり、レコード盤=蓄音機あるいはラジオといった音楽ビジネスの技術革新と大躍進への端緒が間もなくといった時代設定も絶妙。ムラ意識の強い土地柄と荒っぽく粗野な男性、その対局で悲哀ある女性たちの山の暮らしぶりが描かれる。
主人公の女性研究者のバラッド収集、採譜、出版へもといった活動は、暮らしの中で歌い継いできた人々の目線からは「音楽を盗む」行為ではないかという疑義が、プロットに織り込まれている。ストーリー・テリングとしてもうまいアヤ、この視線、忘れるべからずだな。
視聴前にミュージシャンの出演とパフォーマンスの予備知識はなかったもももの、ブラック系のタージ・マハールはやや取って付けた感じ、アイリス・デメントとの遭遇はラッキー感があり、まずまずと受け止めた。
バラッドはエンドロールを見ると、18曲くらい使われていて、エンディング・テーマでエミルウ・ハリス歌唱のものなど、最も象徴的なのは「バーバラ・アレン」。ストーリーの柱には、こうして現在、記録されているもの以外に、「失われたしまった」楽曲も多々あろうという哀歓もにじませる。
調べてみると市販のサウンドトラック盤は、映画音源というよりは、「インスパイア」もののVAアーティストで、これはこれで興味を持ってしまった。調達しようか。
DVDなんで、スタッフ、キャストのインタビューを流し観ると、この映画の世界観やルーツ・ミュージックに関する認識は、米国社会でも確立しているとはいえないらしい。

「ソングキャッチャー~歌追い人」の評価メモ
【自己満足度】=★★★★☆
【お勧め度】=★★★☆☆

◆追記◆
「歌追い人」にインスパイアされたコンピレーション・アルバム(2015/10/11)

2015年7月15日水曜日

「きみはいい子」

商業ベースではなくて映画らしい映画、まずまず、納得してしまった呉美保監督の「きみはいい子」。原作となった小説があるとのことだが、ロケーションと自然光を重視したドキュメンタリー調の画調とオムニバス・プロットの群像劇は確かに終盤にかけて集約していく。尾野真千子が演じる子ども虐待母、高良健吾の児童らに翻弄される若い教師が主たる軸ではあるが、自閉症児童と認知症の老女のプロットもうまく編み込まれている。「宿題」としてだけならどうかと思うが、それぞれが希望の光を手繰り寄せる「抱擁」のしかけは有効に機能していたと思う。少子化の現代の実相にちょっと踏み込んでのぞき見たような文学的主題。総じて答えはないのだけど、一人の生徒の消息が明かされないこのエンディングもいいじゃない。

「きみはいい子」」の評価メモ
【自己満足度】=★★★★☆
【お勧め度】=★★★☆☆

2015年6月27日土曜日

♪朝日のあたる家

今週放映分のBS‐TBSの番組「SONG TO SOUL One piece of  the eternity―永遠の一曲」で、「朝日のあたる家」(ハウス・オブ・ライジング・サン)を拝見。過去のメモをさかのぼって、♪連れてってよ(2014/09/13)♪リング・オブ・ファイアーつながりてアニマルズへ(2014/08/20)「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」(2014/06/19)といった、流れできていて、ジ・アニマル(The Animals)のヒット録音を軸に、先に録音していたボブ・ディラン、彼らに影響を与えたであろう、ジョシュ・ホワイト(Josh White)とデイブ・ヴァン・ロンク(Dave van Ronk)とのバージョンから読解を進めた論考は、わが意にフィットしていた。しかしながら、ジョシュ・ホワイトデイブ・ヴァン・ロンクとの関連性について言及していないのは説明不足が否めない。
別途、アニマルズのギタリスト、ヒルトン・バレンタイン(Hilton Valentine)のインタビュー証言で、ベースのチャス・チャンドラー(Chas Chandler)が持っていたデイランのファーストアルバムをメンバーで聴いて、チャック・ベリーの前座ライブ用に、「朝日のあたる家」をフィーチャーしたという件は、初耳だな。記憶にあるエリック・バードン(Eric Burdon)の発言とは違っているように思うが。その時点でアルバムを所有していたこと自体が驚きでもあるし。どうなんだ。とりあえず、メモる。
米国での「ライジング・サン・ブルース」としての歴史も検証、レッドベリー(Leadbelly)録音が2通りあることも解説してほしかった。さらなるオリジンはブリテンに戻って、17世紀の「マティ・グローブス」が元歌という説の紹介は勉強になった。。共通するコンセプトは教訓語りということか。「マッティ・グローブス」の録音も聴いてみよう。

◆追記◆
「ライジング・サン・ブルース」の最も古い録音の一つとして、祖父から教わったというクラレンス・アシュレイ(Clarence Ashley)の1933年のものを紹介していた。そういえば、クラレンス・アシュレイはリバイバル期の1960年代初頭、ドク・ワトソン(Doc Watoson)とのジョイントなどでも歌っていな、と思い出して、ライブ音源のコンピレーションCDを取り出してみるが、廉価盤なるゆえか未収録となっていた。残念。アシュレイのパフォーマンスもよいね。

2015年6月11日木曜日

「国際市場で逢いましょう」

ポツダム宣言を受け入れて戦後70年の節目という表現をよく耳にするようになった。而して朝鮮半島では日本の統治から解き放たれて朝鮮戦争という悲劇を経験、かりそめの休戦協定が1953年なのだというから、韓国の「戦後」はハンディキャップもあり随分と、わが国とは異なる歩みであったことだろうと認識し直す。
ユン・ジェギュン監督の「国際市場で逢いましょう」。確か、かつて日系の一大化学肥料工場などで工業都市として栄えた、日本海に面した現在の北朝鮮の支配地から戦火に追われ釜山まで逃げてきた男の一代記、時系列を行き来する目線を通した大河ドラマ仕立ての現代史と言っていい。戦乱に伴う家族離散の悲劇、西独の炭鉱へと多くの韓国人が出稼ぎに渡った事情、韓国のベトナム戦争への参画、「家族探し」はどのようになど、その実相は容易に思いもつかないのだが、韓国的な家族愛・家長像が投影されていたり、相応世代にはコモンセンスがあるのだろう。その意味で、国外マーケットを意識した大概の韓流映画とはトーンが違い、コメディ風味など韓国ナショナル志向の演出となっている。であるから、より一層、興味を引き付けられ、彼らのコモンセンスを解き明かし読み解いてみたくなる。

「国際市場で逢いましょう」の評価メモ
【自己満足度】=★★★★☆
【お勧め度】=★★★★☆

2015年6月1日月曜日

「駆込み女と駆出し男」

チャンバラ・アクションに特化するといった、ありがちな方向ではないという意味で時代劇の復興に曙光を感じた「駆込み女と駆出し男」。脚本も手がけた原田眞人監督の職人作品としては分かりづらさもあったけど、トータルでは及第かな。駆け出し男役の大泉洋は想像の範囲で適切なキャスティング、にも増して満島ひかりと戸田恵梨香は予想外の時代ものの世俗な役柄をあてがわれた新境地のパフォーマンスで見どころとも言える。
法による統治が浸透した現代においても、男女間トラブルの解決で社会資源としてシェルターが必要とされるケースもあるのだろうが、機能において、そのルーツに比肩。網野善彦氏が歴史学の概念として着目した「アージル」の代表例としての聖域・縁切寺がドラマの舞台として浮き彫りになったのは、確かに面白かった。原作者・井上ひさしの眼力か。
しかし、縁切寺、江戸期においては、確かに幕府の意図をもって制度の枠内で設置・存続してきたわけである。その聖性なるものの如何、歴史的なアジールの実像についての関心がおおいに喚起されたこともあり。

「駆込み女と駆出し男」の評価メモ
【自己満足度】=★★★☆☆
【お勧め度】=★★★☆☆

2015年5月31日日曜日

♪オールド・ディキシー・ダウン

「トランプ・オン・ザ・ストリート」ことしの春もローズ・マドックスで、2015/04/30)をジョーン・バエズ(Joan Baez)が歌っていることを知り、『ザ・カントリー・ミュージック・アルバム』(1979年)のCDを入手、このカントリー・アンソロジーとしてのコンピレーション・アルバム、これまた妙にスムーズにフィットしてしまった。1971年のヒット曲「オールド・デキシー・ダウン」で始まるのだけど、そういえばこの曲、ザ・バンド(The Band)っていうかロビー・ロバートソン(Robbie Robertson)の曲であったことを、これまであんまし意識していなかったことに気づいた。南北戦争の終結を受けての、南部男の一人称語りで確かにカントリー・テイスト、意識してみると目からウロコが落ちたがごとく、あまりにもザ・バンドらしい秀曲である。手元のライブ盤を引っ張り出し繰り返し聴き直す。
ところで、バエズ『ザ・カントリー・ミュージック・アルバム』収載の20曲には①ソング・オブ・ザ・サウス②ラブ・ソングズ③ルーツ・アンド・プロスペクツ④オールド・タイミー・ソングズ―として4分類の小タイトルが付されいる。私見ではコアなカントリー・ソングだと思っている「黒いヴェールの女」とか「アイ・スティル・ミス・サムワン」は「ラブ・ソングズ」に入っていて、「トランプ・オン・ザ・ストリート」は「ルーツ・アンド・プロスペクツ」の、「オールド・デキシー・ダウン」は「ソング・オブ・ザ・サウス」の分類、「オールド・タイミー・ソングズ」にかけての後半の多くはカーター・ファミリーのリスペクト集。
「ルーツ・アンド・プロスペクツ」、ルーツの対照概念と思われるプロスペクツ、分類された楽曲に関しての意味合いがよくのみ込めていないのだが。グラム・パーソンズ(Gram Persons)の手にかかった「ヒッコリー・ウインド」とかが入っているので、そのようなくくりなのか。

2015年5月14日木曜日

《ボブ・ディランのアメリカ~愛聴盤101枚の世界~》

出版は気に止めていて手元には置いておいたのだけど、やっと鈴木カツ氏の『ボブ・ディランのアメリカ~愛聴盤101枚の世界~』(2014・4)に着手、読み進めていところ。ここ2~3年のボブ・ディランに傾いた渉歴から見逃しはできぬとは思っていたが、開いてみて101枚中の1番目は何とあの、ハリー・スミス編纂、1952年初発の『アンソロジー・オブ・アメリカン・フォーク・ミュージック』『アンソロジー・オブ・アメリカン・フォーク・ミュージック』、2014/09/28)で、かつ、書籍の扉にそのジャケットのカラー写真が掲げられているとか、一般には語られることが少ない1962年のデビュー・アルバム『ボブ・ディラン』ディラン、ファースト・アルバムの元歌対比集、2014/06/08)の評価であるとか、まさにこの間の小生の見立てと重なる指摘に安堵したり、諸々の知見からは視界も広がったりである。
デビュー盤収載の「朝日のあたる家」♪連れてってよアルバム、2014/09/13)とアニマルズの録音の関連については、「真相は藪の中」と言われてしまうと、やっぱり、そうなのかともね。
じっくり読み解き、聴き解いていくことに。

◆過去のメモ◆
アンソロジーとしての、ザ・ベースメント・テープス(2014/11/09)
ベースメント・テープスの源流(2014/11/21)
「♪貧者ラザロ」で、たどってみる(2014/11/26)

2015年5月2日土曜日

「セッション」

引き続きアカデミー賞がらみで、予告編は観ていたし、デイミアン・チャゼル監督の「セッション」。観るところはあるが、素直に私にはカタルシスが得られなかった顛末。鑑賞日の気分、モチベーションの問題かというと、そうでもないように思え。主人公・学生ドラマーの心情には共鳴できそうだが、怪演のスパルタ教授は邪悪な宇宙人でないかとの疑念に駆られ。クライマックス、見せどころかもしれないが、画と音、パフォーマンスの描写に圧倒されると、映画の趣意が読み解けなくなってしまうようでもあり。

「セッション」の評価メモ
【自己満足度】=★★★☆☆
【お勧め度】=★★★☆☆

2015年4月30日木曜日

ことしの春もローズ・マドックスで、♪トランプ・オン・ザ・ストリート

今春は桜の開花も早い。しばしの沈思を経て、マドックス・ブラザーズ&ローズ(Maddox Brothers & Rose)の廉価盤CD4枚組みから、『コレクション・オブ・スタンダード・セクレッド・ソングス』(1959
年)というゴスペル・アルバムの部分が、少し上向きにセットしたという現在の心持ちにフィットする。「アイル・フライ・アウェイ」とかね。件の「ファーザー・アロング」も収載されている訳だが、アルバム冒頭の「トランプ・オン・ザ・ストリート」の旋律は、「ファーザー・アロング」に重なっていることが気になる。「ファーザー・アロング」はカントリー・ゴスペルとしてスタンダード化しているが、「トランプ・オン・ザ・ストリート」は別の演奏を聞いたことないなぁーと思いを巡らす。さて、どっちがどうなのやらと。

◆追記◆
その後ちょっと調べてみて、「トランプ・オン・ザ・ストリート」、1940年代に活躍したアパラチア系のカントリー・シンガー、モリー・オデイ(Molly O'Day)の持ち歌らしいということは分かった。ベア・ファミリー・レコーズのコンピレーションCD『カントリー・ボーイズ・ドリーム』(2008年)に、モリー・オデイ&ザ・カンバーランド・マウンテン・フォークスによる1947年リリース版が収録されていた。流行歌としては、こちらがオリジナルといっていいのかな。楽曲クレジットは「Cole」のみとなっていて、これもさらにリサーチしてみると、グラディ&ヘイゼル・コール夫妻の共作だという。「ファーザー・アロング」との関連性までは及ばなかったが、ハンク・ウイリアムス(Hank Williams)も歌っているらしいことが分かった(手元のハンク・ディスクには収録なし)。
ちなみに、このコンピ盤には、やはりローズが十八番としているカントリー・ゴスペルの一つ「ダスト・オン・ザ・バイブル」も収録されていた。こちらも1947年でベイレス・ブラザーズ(Bailes Brothers)のパフォーマンス、クレジットを見ると、どうやらライター・チームによるものらしい。(2015/05/19)

◆過去のメモ◆
この春はローズ・マドックスで、(2014/03/08)

2015年4月23日木曜日

「バードマン」

「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督作品は2011年に観た「ビューティフル」以来ということで久々の感慨。アカデミー賞の主要な部門を受賞しているので、前評判、いくばくかの予断と刷り込みがあったのが障害となったか。かつてバッドマンを演じたマイケル・キートンを主演に据えたカリカチュアライズが確かに作品コンセプトの肝なのだろう、而して、個人的な鑑賞歴からはマイケル・キートンというと、「ラブ IN ニューヨーク」 (1981、ロン・ハワード監督)での遺体保管所で働く青年のキャラクターとキレた演技から離れられずじまい。というわけで、「バードマン」には素直に移入できなくって、、、
米国映画史では度々製作されてきたショウビジネス業界内幕ものともいえるし、賞狙い企画でもあるし、おいおい、「ブラック・スワン」(2010、ダーレン・アーノフスキー監督)を踏襲かと含ませる死の予感に満ちたプロット展開も用意しているし。鑑賞者へ委ねる度合いの幅を持たせた顛末は及第点といえるが。
レイモンド・カーヴァーの戯曲なのか?劇中劇、対抗役のエドワート・ノートンは、まさしく期待と違わぬ「エドワード・ノートン」らしく、あるいは、特段に親子関係が掘り下げられるというわけでもないものの、存在感を放つ娘役のエマ・スートンら、役者は揃っていて見応えはあり。
レイモンド・カーヴァーはフォローしたい気になって、「ラブ IN ニューヨーク」 も、また観たくなり。

「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」の評価メモ
【自己満足度】=★★★☆☆
【お勧め度】=★★★☆☆

2015年3月24日火曜日

イワン・マッコール&ペギー・シーガー

スコットランド民謡、「マッサン」の流れできて(♪ウォーター・イズ・ワイド、2015/02/14)、イワン・マッコール(Ewan MacColl)の4枚組み廉価盤CD集にたどり着く。何故かボリューム2から聴き始め、シック・クラシック・アルバムと題された『コーラス・フロム・ザ・ガロウズ』(1960年)、『ポピュラー・スコッチ・ソングス』(1960年)、『ソングス・ツー・レベリオンズ、ジャコバイト・ウォーズ1715&1745』(1960年)、『ツー・ウェイ・トリップ』(1961年)、『ブロードサイド・バラッズ第1集&第2集』(1962年)の5件6枚のアルバム群、CDパッケージ等に表記はないけど、これらは何と、トラディショナル・フォーク界のゴールデン・カップル、妻のペギー・シーガー(Peggy Seeger)とのコラボレーションものだったので、思わぬ感激。とりわけ『ツー・ウェイ・トリップ』は、ペギーが前面に出ているし。
バラッド歌唱の神髄というか、あくまでも歌、ボーカルが中心の録音になっていて、これにもまたフィットしてしまう。確かに、アメリカン・フォークの原メロディーと思われる曲は多々あって、また、聴き込んで探り当てていくという課題が増える。「ザ・ウォーター・イズ・ワイド」の源流とされる「ウォーリー、ウォーリー(ウェイル、ウェイル)は素直に元歌として認識できないバージョンだったなぁ。旋律も違っていてねぇ。
その後の探究でチャイルド・バラッドの204番「ジェイミー・ダグラス」「ウォーター・イズ・ワイド」の源流に位置するバリアントであるなど、相当数の派生曲があることを知る。これらの録音も探してみることに。

◆追記◆
イワン・マッコール(Ewan MacColl)の4枚組み廉価盤CD集の第1集のほうには、確かにペギー・シーガー(Peggy Seeger)のクレジットが記載されていた。『ソングス・オブ・ロバート・バーンズ』(1959年)、『クラシック・スコッツ・バラッズ』(1959年)、『ストリーツ・オブ・ソング』(1959年)、『ブロー、ボーイズ、ブロー』(1960年)、『ニュー・ブリテン・ガゼット第1集&第2集』(1960年、1962年)の6枚のクラシックアルバム集。とりわけ、『ニュー・ブリテン・ガゼット第1集&第2集では『ツー・ウェイ・トリップ』同様にペギーの歌声とプレイに引き付けられる。『ニュー・ブリテン・ガゼット第1集収載の「ファイアマンズ・ノット・フォー・ミー」という曲、「ワイルドウッド・フラワー」の源流かと比定される旋律であり。
『ストリーツ・オブ・ソング』ドミニク・ビーハン(Dominic Behan)『ブロー、ボーイズ、ブロー』アルバート・ランカスター・ロイド(Albert Lancaster Lloyd)とのコラボレーション、これまた感激の遭遇である。

2015年3月18日水曜日

「悼む人」よりは「おみおくりの作法」だったね。

構えなく鑑賞して、「悼む人」(堤幸彦監督)よりは「おみおくりの作法」(ウベルト・パゾリーニ監督)の方がすんなり入ってきて、映画作品として完成度が高いものになっていたね。天秤にかけてみたのは、双方、死者のありし人生に想いを寄せ、弔う姿勢を描くことに現代社会のありようにあらがう提起を潜ませていると受け止めているから。個人的な見解ながら、尺数も「おみおくりの作法」はドンピシャ。ハリウッド映画、そして、最近の日本映画は品質とイメージを低下させる2時間超えの踏襲から脱却してほしいとの願いもあり。
「悼む人」は原作の小説に基づいた企画とのことだが、意味づけされた登場人物の多さと、その彼・彼女らキラクター設定、縦横な伏線が埋まっているかに見えるプロット等々が作りもの染みて、意図されたハーモニーに聞こえなかった。椎名桔平と井浦新とかキャスティングは妙にはまっていて芝居は見られるのだけれど。
一方で、「おみおくりの作法」の公私ともに孤独な自治体公務員を通して描出した主演男優劇の静謐なシンプルさにフィットしてしまう。プロットのヒントは「おくりびと」(滝田洋二郎監督、2008年)とか「生きる」(黒澤明監督、1952年)とか、言えなくはないのだけれども。ここでも自らを顧みてシングルライフの行く末に思いを馳せないわけにはいかないのだし。

「悼む人」の評価メモ
【自己満足度】=★★★☆☆
【お勧め度】=★★☆☆☆

おみおくりの作法」の評価メモ
【自己満足度】=★★★★☆
【お勧め度】=★★★★☆

2015年3月15日日曜日

「幕が上がる」から「くちびるに歌を」へ、

これは、幕が上がるところでエンディングだなとは、ドラマに着いていく過程で予測された悪くない予定調和。「ももいろクローバーZ」がなんたるかとか、とりわけ興味はなく、平田オリザの原作、舞台系への目配りがある本広克行監督であるということ、ここ数年、NHKのEテレで「青春舞台」はフォローしていたのを主因に、少々の期待感とともに「幕が上がる」の上映館へと足を運ぶ。
ボーイ・ミーツ・ガールのプロットではないものの、思春期の揺れ動く心を持つ高校生たちが演劇に打ち込む、いわば定番の青春ストーリー。富士山を臨む富士宮市なのか、地方都市の高校生活と空気感、彼女たちの夢・将来は見えてないけど、とにかく伸びしろとエネルギーがある、成長する年ごろである。振り返って自分にも、そんなライフステージがあったのではとのノスタルジーと、今現在、あんな瞬発力は残っていないなぁと、少々の悔しさ。
そうだよね、演劇を志して東京に集う人材群は確かにエネルギッシュ、まあ、音楽や映画なんかも同系でしょうが、ライブの身体勝負、必ずしもビッグマネーを目指していないであろう、演劇界の独特の魅力に、いまだに憧憬を抱いていることを自覚し、登場の女子高校生目線に重ねてしまう。

「幕が上がる」の評価メモ
【自己満足度】=★★★★☆
【お勧め度】=★★★☆☆

◆追記◆
若さに希望、成長への共感という意味では、「くちびるに歌を」(三木孝浩監督)も同系列か。自分ではコントロールできない境遇に悩み「生きていくことの意味」を反芻するテーマとプロットはプログラム・ピクチャーの平均水準、演出や出来上がりに特段の冴えはないものの、合唱部・中学生たちのキャスティングにこそ、この映画の魅力はある。単純にこの年代のかわいさというのと、やっぱり伸びしろだね。もちろん、この企画のベーシックなモーチフになっているアンジェラ・アキの「手紙 ~拝啓 十五の君へ~」という楽曲は活かされいたし。
余談だけど、長崎・五島列島というと、私の世代ではユーミンが荒井由実時代の「瞳を閉じて」を思い出してしまう。確かに海はきれい。(2015/03/20)

「くちびるに歌を」の評価メモ
【自己満足度】=★★★☆☆
【お勧め度】=★★★☆☆

2015年2月26日木曜日

「リトル・フォレスト 冬・春」

4部作の後編なので上映終了が気になったりもしたが(縮小っぽい回転数であったし)、なんらかの期待を抱きつつ、森淳一監督の「リトル・フォレスト 冬・春」を鑑賞。トータルで、これらの映画がつくられる日本映画界は、まだまだ見限るものではない――と自省してとりなすことができたのが成果であり、評価であった。夏・秋編で播かれた、橋本愛が演じる主人公の若い女性と失踪した母との関係の推移や彼女の都会生活での挫折らしき経験といった含みの深層は、必ずしも解き明かされていない。農の営みから糧を得て仕込み、調理し、食する生活を積み重ね、人間の距離感が保たれた孤独な思索に貫かれている。現在進行形、いまどきの産業化と競争力強化から語られる農業では、暮らしとしての本質、生きる力が見失われてしまうとの危惧も感じつつ。
プロットの終局、この回帰は希望と受け止めた。オチてはいないけど、わだかまりも残らず。

「リトル・フォレスト 冬・春」の評価メモ
【自己満足度】=★★★★☆
【お勧め度】=★★★★☆

◆過去のメモ◆
「リトル・フォレスト 夏・秋」(2014/09/20)

2015年2月14日土曜日

♪ウォーター・イズ・ワイド

NHK連続レレビ小説の「花子とアン」から「マッサン」でもと、劇中で何だか同じような楽曲が使われているなぁはとは思っていたけど、最近まで意識をフォーカスしていなかった。そう、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド」という、ブリテン系のフォークであることを再認識する。この間のバラッド探訪で聴いていたコンピレーションCDにはジャック・ハラム(Jack Hallam)のパフォーマンスが収録されていた。その他はあったかなぁと、記憶を探ってはみるが、、、私だけでなく、確かに本邦ではこれまで、さして着目度の高くない曲であったかも。でも、そうか、ボブ・ディラン(Bob Dylan)やピート・シーガー(Pete Seegler)も歌っていたんだ。認識を変えねばである。
ウェブ上には、この曲の成り立ちについて色々と論考があり示唆を得て参考にはなる。スコットランド・ルーツという大筋はあるようだが、北米育ちなのか、またしても、歌詞や旋律の変遷があるような。しばし、いくつかバージョンにあたって整理してみたいものである。

◆追記◆
その後、やっぱりこれもディラン歌唱が気になって、ブートレッグ・シリーズVol.5『ザ・ローリング・サンダー・レヴュー』(2002年)も調達してしまう。商業的なアルバムという範疇からは異彩を放つ楽曲ではあるが、ローリング・サンダーのプロジェクト・コンセプトからすると相応しい楽曲であることがよく分かるパフォーマンスだった。ジョーン・バエズ(Joan Baez)とのジョイントでもあるし。バエズの持ち歌という流れで取り上げたのかな。
『ザ・ローリング・サンダー・レヴュー』のライブも聴き入るにつけ、アプローチが異なるパフォーマンスに満ちている。アルバム・タイトルには「ライブ 1975」との表記も。個人史としては1978年のディラン初来日記念、コンピレーション・アルバムの3枚組LP『傑作』が最も馴染んだディラン体験だけにサウンドとしては違和感なく。
名曲ぞろい。しばし、ヘビー・ローテンションしてライナーノーツに向かうことに。

2015年2月6日金曜日

「ジミー、野を駆ける伝説」

当たりがないな、ちょっと遠ざかり気味だった映画鑑賞。やっぱり、ケン・ローチでしょ。アイルランドものは、いくつかあったが、この「ジミー、野を駆ける伝説」。1930年代、ジミー・グラルトンが働くことと暮らしの享受を語るスピーチは、ケン・ローチのメッセージそのものなのだろう。確かにその通りなだが、現実を顧みて、おそらくは素直に受け取れない思考の病弊が現代のわが邦に宿っているのではとの懸念もよぎる。アイルランドの歴史的・社会的背景の理解に必要な知識をそれほど多くは持ち合わせていないものの、一つのエスタブリッシュメント、コンサバティブの体現としてもカトリック教区神父の心境と態度の変容の兆しに、何かを感じる。
それはそれとして、象徴たるテーマ曲、これが「シューラルー」の正調??!この部分でも反芻して染みてしまう。関連楽曲、もうちょと探索、整理してみたい。

「ジミー、野を駆ける伝説」の評価メモ
【自己満足度】=★★★★☆
【お勧め度】=★★★★☆

◆過去のメモ◆
♪ジョニーは戦場に行った、なの?(2014/03/02)

2015年2月1日日曜日

「ビッグ・アイズ」

1月は仕事のようなものに忙殺され、劇場で映画を観たのは2回で、31日にはティム・バートン監督の「ビッグ・アイズ」。いちおう土曜の昼なのだが、何とこの札幌郊外のシネコンにて1人貸し切り状態で臨むはめに。ティム・バートン作品にしてこの様、わが邦の現況、同胞らの映画鑑賞姿勢の有り体をあらためて知った気になったことをメモしておく。
昨年はわが邦のアート界でも「私は共犯です」発言が耳目を集めただけに、重ねてこのベイスド・オン・トルー・イベンツのプロット展開にのっかてしまう。まあ、お気に入りのエイミー・アダムスが主演ということで足を運んだのだけど。役柄の面では、全くの当たり。このポップアートは好きか否かは別にしても、ティム・バートン組お得意の色彩設計が存分に発揮できる企画であったことも奏功しているね。エンディング間近、法廷シーンは滑稽すぎるぞ。娯楽喜劇といって過言なし。
キーン夫妻ねぇ、ほとんど知識・記憶はなかったなぁ。

「ビッグ・アイズ」の評価メモ
【自己満足度】=★★★☆☆
【お勧め度】=★★★☆☆

2015年1月11日日曜日

春よ来い

冷え込みは緩いけど暴風雪のあった、このお正月といえば、昨年来のボブ・ディラン(Bob Dylan)&ザ・バンド(The Band)のブートレッグ・シリーズ第11集『ザ・ベースメント・テープス』、中でも「アイ・シャル・ビー・リリースト」や「ユー・エイント・ゴーイン・ノーホエア(どこにも行けない)」の入った3枚目のディスクから抜けられない状況が続きつつも普段より、録画TV番組をまま観る機会が増えた。NHK‐BSのけっこう新しい番組なのか「名盤ドキュメント」で年末放映の「はっぴいえんど『風街ろまん』」はっぴえんど、10代から20代のころは、ライブ音源や岡林信康とのジョイントを含めよく聴いていたが、この誉れ高きアルバムはタイミングを逸してコレクションしていなかった。
メンバーのその後の活躍がトレンドとして一般に知られるようになった現在にして、日本語ロックを追求・創始した「伝説のロックバンド」との形容は、カウンター・カルチャーの系譜にあった彼らの仕事を端的に表していることには違いない。個人史としては、しばらく彼らの情報から遠ざかっていたこともあり、かなりの程度に面白くこの番組を観ることができ、新年早々の成果であった。
何と、細野晴臣氏の嗜好、ニール・ヤング(Neil Young)が在籍していたバッファロー・スプリングフィールド(Buffalo Springfield)であったとは!氏いわく、サウンドに「サムシング・エルス」だそう、、、、未だ解読の余地ありだな。『風街ろまん』(1971年)、バッファロー・スプリングフィールドは友人遺品にあっただろうか、、、