2016年1月27日水曜日

『アンブロークン・サークル』

ちょうど、1週間前に90歳を数えた母が亡くなって、ようよう一人の時間が取れるようになったころから、邦盤仕様でコレクションしていたトリビュート盤の『アンブロークン・サークル カーター・ファミリーの遺産』(2004年)をローテーションする。16のトラック、名演ぞろい。母の葬送はジューン・カーター・キャッシュ(June Carter Cash)の「永遠の絆(Will the Circle Be Unbroken)」にて。「母の教え(Hold Fast To The Right)」っていうのもあり、ことらはジューン with ジョニー・キャッシュ(Johnny Cash)。
あるいは、ホワイツ(The Whites) with リッキー・スキャッグス(Ricky Scaggs)のは「天国での再会(Will My Mother Know Me There ?)」だしね。A.P.&サラ(Sara)のほうのカーター夫妻の子息であるジャネット(Janette)&ジョー・カーター(Joe Carter)は「幼な子モーゼ(Little Moses)」、エミルウ・ハリス(Emmylou Harris) with ピーソール・シスターズ(The Peasall Sisters)の「湖上のイエス(On The Sea Of Galilee)」、シェリル・クロウ(Sheryl Crow)の「天国の暮らし(No Depression)」とかね、ヒムというのかカントリー・ゴスペルに満ちた構成が慰めとしてもフィットしてしまった。
主としてカントリー・フォーク畑の豊かなで確かなパフォーマンスを提供してくれるた参加ミュージシャンの面々にも改めて関心と感心。


2015年12月31日木曜日

アフターのクリスマス・ソング

わが国ではクリスマス・ソングが街角に流れていて、人々がクリスマス気分なのは、12月25日当日まで。たぶんこれはキリスト教文化ベースの国々とは違っているのではと推測される。通例の分類によるクリスマス・ソングもジーザス・クライスト生誕にまつわる讃美歌が中核なのでしょうが、クリスマス・イブから新年にかけてのホリディ休日や冬シーズンをコンセプトにした楽曲も多々クリスマス・アルバムには収録されているしね。
讃美歌対比では随分と「イスラム」を標榜したテロリズムに翻弄が際立っただけに、心に染みる
歌声にも聞こえた。信仰を語っての、この対立、各々の神は同じ一つの神であったはずではと。
そんな感じで私は年越しをまたいで、クリスマス・アルバムのストックを聴いています。
そんなんで、今季のヘビー・ローテーションはヘイリー・ロレン(Halie Loren)&マット・トレダー(Matt Treder、ピアノ)の『クリスマス・コレクション(Many Times, Many Ways: A Holiday Collection)』で継続中。

2015年11月29日日曜日

遅まきながら、『ア・クリスマス・ギフト・フォー・ユー・フロム・フィル・スペクター』

何故に今までコレクションしていなかったのかと、今シーズンになってフィル・スペクター(Phil Spector)のクリスマス・アルバム『ア・クリスマス・ギフト・フォー・ユー・フロム・フィル・スペクター(1963年)をCDで調達。ロネッツ(The Ronettes)を聴きたかったのが主たる理由、13のトラックのうち、「フロスティ・ザ・スノーマン」「スライ・ライド」「ママがサンタにキスをした」の3曲か。そうか、ダーレン・ラヴ(Darlene Love)はモーガン・ネヴィル監督の2013年製作バックコーラスの歌姫たち」(2014/03/30)でフォーカスが当たっていた主要なボーカリスト。こっちは「ホワイト・クリスマス」など4曲。
前後して、やっぱりドリス・デイ(Doris Day)が聴きたくなって、19曲収載のコンピレーションCDを調達してしまった。この2枚、よき時代のスタンダード中のスタンダードが、時代を経て色褪せないパフォーマンスで歌われているという共通性に気づく。例えばフィル・スペクターのアルバムはジーン・オートリー(Gene Autry)ルーツの3曲「フロスティ・ザ・スノーマン」「サンタ・クロースがやってくる」「赤鼻のトナカイ」を網羅しているとかね。それぞれ、さまざまなバージョンを聴いているのに、あらためて感心。
生活に疲弊気味なので、これらを癒しと糧に。

2015年10月19日月曜日

〈メリダとおそろしの森〉のシンガーは?

ピクサー製作、ディズニー配給の「メリダとおそろしの森」(マーク・アンドリュース&ブレンダ・チャップマン監督、2012)をBS放映の録画ストックから過日の鑑賞。ピクサー作品にしては、わが国では、さして話題にならなかった部類か。中世欧州の童話風ストーリー。ルーツ・ミュージック続きで来ていたので、オープニング・テーマの「タッチ・ザ・スカイ」に反応してしまう。よい感じ(この部分もね、本邦では全く関心がないようで)。エンドロールを見て調べてみるに歌唱は、ゲール語コミュニティで育ったという若手スコティッシュ・フォーク・シンガーのジュリー・ファリウス。もう1曲「イントゥ・ジ・オープン・エア」とうのもあり。この2曲含め、サウンドトラックは、やはりスコットランド出身のパトリック・ドイルの作曲ということらしい。
ジュリー・ファウリス、記憶にとどめておくためのメモ。

2015年10月11日日曜日

「歌追い人」にインスパイアされたコンピレーション・アルバム

いわゆるサウンドトラック盤といのではなくて、映画の世界をモチーフにした楽曲集ということで、DVD視聴(〈歌追い人〉、2015/08/27)していた「ソングキャッチャー~歌追い人」(マギー・グリーンウォルド監督、2000)のVA参加による16トラックのコンピレーションCD『ソングキャッチャー』(2001年)を、ここのところヘビー・ローテーション。
映画では主としてテーマ楽曲に当てられている「バーバラ・アレン」は出演しているエミー・ロッサム(Emmy Rossum)の歌唱やエンディングのエミルウ・ハリス(Emmylou Harris)のパフォーマンス、あるいは、音楽担当のデヴィッド・マンスフィールド(David Mansfield)のスコア演奏はサウンドトラックに準じて収載。エミーはアカペラ歌唱、エミルウはモダンなアレンジ演奏を施してというコントラストもよい。ロザンヌ・キャッシュ(Rosanne Cash)、パティ・ラブレス(Patty Loveless)、サラ・エヴァンス(Sara Evans)ら、マイ・フェイバリットなカントリー界本流の女流シンガー面々のバラッドとそのリスペクト創作曲の歌唱が聴けるというのだから引き付けられる。あらためて、ドリー・パートン(Dolly Parton)とエミー・ロッサム「ホエン・ラブ・イズ・ニュー」は秀逸だな。ブラザーズものに限らず、カントリー歌唱の伝統をディオに見たり。ドリーのバランス感覚、うまさが光る。

◆追記◆
『ソングキャッチャーⅡ』(2002年)は、ルーツミュージックを録音した先達の面々によるコンピレーションCD。17のトラック、土着的で地味ともいえるが、これがまた心に染み入ってしまう。例えば、「オー・ブラザー!」(ジョエル・コーエン監督、2000)で掘り起こされた感のある、「オー、デス」は、ドック・ボッグス(Dog Boggs)の熟成度。アルメダ・リドル(Almeda Riddle)、ドク・ワトソン(Doc Watoson)、カズン・エミー(Cousin Emmy)、ロスコー・ホーコム(Roscoe Holcomb)、クラレンス・アシュレイ(Clarence Ashley)、メイベル・カーター(Maybelle Catrer)ら重鎮のパフォーマンスに引き付けられる。
楽曲でいくと、「クックー・バード」はⅠでも採用されていた。ドク・ワトソンは3曲あり、「朝日のあたる家」の元歌ともいわれ、まさにブリテン諸島ルーツの「マティ・グローブス」も。「マン・オブ・コンスタント・ソロウ」の女性パフォーマンス版「ガール・オブ・コンスタント・ソロウ」は初めて聴いたかな。この旋律の装いも最近よく聴いていた、どれとも違った耳ざわり。演者はサラ・オーガン・ガニング(Sarah Ogan Gunning)のクレジット。

2015年9月12日土曜日

「ラブ&マーシー 終わらないメロディー」

スタジオ志向の音楽家?、実はそんなに詳しく知らなかったブライアン・ウィルソン。こんなことになっていたの、と教えてくれた、ビル・ポーラッド監督の「ラブ&マーシー 終わらないメロディー」。わが道の製作を邁進する1960年代をポール・ダノ、不審な医療監視生活を過ごす1980年代をジョン・キューザックが演じた二つの時制のプロット構成、トラウマというかコンプレックスというか精神世界の揺らぎからアプローチ、映像で見せる解題は映画ならではのテイスト。音楽映画・ミュージカルには共通性があり「ジャージー・ボーイズ」(クリント・イーストウッド監督、2014)なんかも、この部分がうまく描けるかが、出来を左右しているのだろう。ハリウッドならではの音楽パフォーマンス・シーンの再現力も優れ、及第点だと思う。
それにしても、音楽オタクとしてのポール・ダノ、快演なのか、はまっているね。

「ラブ&マーシー 終わらないメロディー」の評価メモ
【自己満足度】=★★★★☆
【お勧め度】=★★★☆☆

2015年8月30日日曜日

「日本のいちばん長い日」

終戦後70年を経た夏でもあるし8月のうちにと心して、原田眞人監督・脚本の「日本のいちばん長い日」。これはね、海軍出身の鈴木貫太郎・内閣総理大臣と阿南惟幾・陸軍大臣、それにクーデターを謀る畑中健二・陸軍少佐の主として3人に焦点を当てたプロット構成で、特に前の2者は家族の生活を描くきキャラクターを際立たせる演出によるヒロイズムの語り口で、一定程度、幅広い客層に媚びたエンターテイメント性を確保している。実際、山﨑勉、役所広司の両優も快演である。ヒロイズといえば、当然、そこに昭和天皇を加えてた観方も成り立つ。映画作品の出来として、それがよかったのか、悪かったのかは、まだ、判断できていない。ただ、やっぱり、自分より若い戦後世代には「つかみ」として、観ていただきたい映画であるとは思った。昭和天皇による8月15日の玉音放送は録音盤によって行われた、ポツダム宣言・終戦受諾を容易に受け入れない軍部の動きが多々あった、実際に玉音盤奪取の危機もあった――などは、「教科書に書いてない歴史」で、55歳の私も実は岡本喜八監督版の「日本のいちばん長い日」(1967)を観て認識した。初見は30代、そこそこ遅かったのだが。
雑誌のコメンテーターの映画寸評の中に「オリジナルを見直したくなった」みたいのがあったが、そもそも史実に取材、証言を集めた半藤―利氏のドキュメンタリーが原作なんで、「岡本監督版のリメイク」との余念はバイアスではと思ったり。
あと、将校ら日本軍の論理の諸相、あるいは「国体護持」の如何、これも冷静な議論を聞いてみたくもあり。

「日本のいちばん長い日」の評価メモ
【自己満足度】=★★★★☆
【お勧め度】=★★★★★
※たぶん、「自己満足度」より「お勧め度」の★が多くなったの本作が初めて。